第17話、河童
私の友人に腕っぷしが強い人がいるんです。
体も大きければ、それに見合った太く逞しい腕。
強靭な足腰の持ち主。
普通のサラリーマンなのですが、仕事帰りに欠かさずジムに行き、体を鍛えています。
私は飲みの席で、何故そんなに体を鍛えるのかと質問しました。
友人は頭をかきながら言いました。
この世には絶対に勝てない存在がいる。
俺はそれに出会った。
勝てないと分かっているが、多分、一生鍛え続けると思う。
何だか、答えになっていないような答えが返ってきた。
もう少し詳しく聞いてみることにした。
面白くない話だ。と返されたが、この世には勝てない存在というのが気になった。
友人の屈強な肉体で勝てないということは、プロの格闘家かクマか。はたまた、ヤバイ職業の人たちか。
友人は酒を何口か飲むと、語り始めた。
そいつと会ったのはまだ小学校にあがった時だった。
そして、そのせいで、俺のじいちゃんは死んだ、と。
友人の昔住んでいた家の近くには大きく立派な川が流れていた。
雨の日は濁流になり、必ず近づくなと親に言い聞かせられていた。
しかし、ある日唐突に荒れた川を見てみたいと思ったのだ。
幼い友人は傘を差さずにレインコートだけ身に着けて、近くの川の様子を見に行った。
川は普段と違い、澄んだ水ではなく土や泥をすくい、汚れた水となって広場に使われていた土手も消し去り、うねりを上げていた。
友人は今まで見ることが許されなかった光景にワクワクとまだ水が来ていない遊歩道を歩いていた。
人が一人もいない道はなんだか特別な感じはしたが、すぐに寂しくなり、道を引き返そうとした。そのために振り返ると、それが目の前にいた。
それは大きかった。クマのように大きかったという。
そして、鋭利な爪を持った、河童に出会ったのだという。
そこまで聞いて聞き返したくなる衝動が襲ってきたが、友人の顔は真剣そのものだった。
河童は友人に手を伸ばしてきたが、その時、彼の祖父が遠くから友人の名前を呼んだらしい。
家にいない彼を心配して、探していたみたいだ。
祖父は友人に劣らないぐらい、年を感じさせないほど屈強な肉体の持ち主で元は漁師だった。祖父は友人に逃げろと叫び、河童に掴みかかったのだという。
友人は怖くて逃げた、そして祖父は負けないと信じていたので急いで家に帰り、家にいた家族に事を伝えた。
母は困惑していたが、祖母はすぐにどこかへ電話をし、雨の中、近所の老人が集まり、川の方へ向かっていった。
友人は警察じゃないのかと思ったが、人数が人数だし、これで大丈夫だと思った。
しかし、祖母や近所の人は帰ってきたが祖父は帰ってこなかった。
何故、祖父が帰ってこないのか、まだ戦っているのかと祖母に聞いた。
「じいちゃんは立派に戦ったよ、お前を守ったんだよ」
そういって頭を撫でてくれた。お葬式が執り行われた時、幼い友人は初めて自分が取り返しのつかない事をしたのだとようやく理解した。
何故、親の言いつけを守らなかったのか。何故、祖父を置いて逃げたのか。
もっと自分が強かったら結果は違ったのではないか。
そもそも、あれはなんだ?
友人は祖母に何度もあれはなんだ?河童なのか?と聞いた。
祖母の答えは
「あれは河童じゃないよ」
険しい顔をして答えた。
河童ではないのなら、あれは一体何なのだと聞いた。
祖母はこの地域に伝わっている妖怪だと教えてくれた。
あれは河童と呼ばれるものではなく、
すいこという生き物だと。
水に虎と書いて水虎。
友人が出会ったようによく描かれている河童より大柄で獰猛。
相撲なんてとらず、ただただ生き物を殺して食べてしまうらしい。
ばあちゃんはお前が食べられなくてよかったと言っていたが、ちっともよくなんてなかった。
俺のせいでじいちゃんが死んだのだ。
その時から、無意味だと分かっていても体を鍛え始めたのだという。
そこで友人は話を止めた。
馬鹿げてるだろと笑っていうが、眼は少し赤くなっていた。
本当に後悔しているのだろう、その水虎という奴が本当にいるのかは分からないが
少なくとも友人に深く傷を残した存在が、この世に居たことはまちがいないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます