第16話、件

貴方は件という妖怪をしっているだろうか


これは大学の先輩に聞いた話なんですが、かなり不思議なお話でした。


先輩が子供の頃、結構田舎に住んでいて、その地域には牧場もあった。


そして、ある夏の時期に牛が一匹逃げ出したんだそうです。


牧場の人たちが見つけたら知らせてね、危ないから近寄らないでね。汗を吹きながらそう言ってたのを覚えていて、早く見つかるといいねと親と話していた。


牛は一週間くらいで見つかった。しかし、以前の牛とは違い・・・妊娠していた。


しかも、お腹はまるでもう臨月を迎えたかのように、大きくなっていたんだそうな。


病気を疑ってお医者さんに見せても健康体、ただ本当に妊娠しているようで、今夜にも生まれるという。


牧場の方は悩んだそうです。しかし、もう生まれるならと腹をくくり、生まれる時をまったそうです。


子供だった先輩は牧場主の奥さんと親の会話から、その謎の妊娠をした牛の存在を知り、どうしても見てみたくなった。


先輩はこっそり家から抜け出して、その牛がいる牛舎に走った。


先輩がその牛舎につく頃には、すっかり夜になっていた。新月だったためか、月明りもあまりない、真っ暗な道をただただ走っていた。


目的の牛舎の出入口まで忍び込むとそっと中の様子を伺った。


中には牧場主のおじさんと息子さんが二人で立っていた。


牛の姿は見えない。


「今夜は生まれないかもしれないなぁ」


「なんか、全然力まないし・・・中で死んじゃってるんじゃ」


「ちょっと医者に連絡してみるわ。お前もちょっと休め」


「うん。ちょっと飯、腹に入れてくるよ」


おじさんと息子さんが牛舎から出ていき、先輩は牛舎に入り込む。


二人が立っていた所まで行くと、倒れこんだお腹の大きな牛が一頭いた。


ただの牛だ。動物番組で牛の出産は見たことはあった。それと同じ。


先輩は、好奇心からここに来たが、今は出産しようとしている牛への応援と心配の気持ちがいっぱいであった。


「大丈夫かー元気な子を産むんだぞー」


なんとなくこんな状況で言いそうな言葉と適当に牛に向かってかける。


すると、牛がぴくりと耳を動かして先輩に顔を向けた。


そして・・・


「もし・・・C君、頼みがあります」


喋ったのだ。しかも、先輩の名前も呼んできた。


先輩は固まって、大声も出せなかった。


「ごめんね、C君。驚かせて・・・前にここに来た時に名前呼ばれてたから覚えちゃっててねぇ。」


「あ、うん。・・・牛さん喋れるの?」


「人間と牛と囲まれて生きてるからね、少しだけね。ねぇ、C君。お願いがあるの」


C君の気持ちの中にまた好奇心がふつふつと湧き上がってきました。


喋れる牛なんて初めてあったのです。ましてや、動物は喋れないと思っていたので、自分はすごいヒーローなのでは、と思ったそうです。


「何?なんでも言って」


「今から子供を産むから、その子をヤマモリさんの所に連れて行ってほしいの。近くの山道に入る前に祠があるでしょ?そこに連れて行ってあげて」


「うん!いいよ」


ヤマモリさんという人に心当たりはなかったが、祠の場所は知っていた。ボロボロの朽ちた祠だ。


C君は二つ返事で承諾した。牛はゆるりと立ち上がると、数回身じろぎをし、声をあげることなく、子供を産み落とした。


テレビ番組で見たことはあったとはいえ、生で間近で見てしまい、驚いて数歩下がる。


牛は子供の体をなめ始めた。


(胎盤・・・てのはがしてるのか)


記憶をフル活用してあくまで牛が行っている行為は、当たり前であり、何もおかしい事なんてないんだと言い聞かせて、牛とその子供に近づいた。


C君は悲鳴をあげそうになった。


牛の子供の体は牛ではあった。顔は人・・・のようなものであった。


でも、何かが違う。的確に言うことができない。あえて言うならば・・・種が違う、少なくとも自分と同じ人間ではない。もちろん、体は牛なのだから、違う種族だ。でも、これは・・・。


「ごめんなさい・・・怖いわよね、ごめんね。でも、この子が喋る前に連れて行ってあげて」


「喋る前・・・?」


「この子はね、少し先の未来を見ることができるの、でもね、それを言葉にするのに凄い力を使うの。予言を口にすればすぐ死んでしまうほど・・・予言する前にヤマモリさんの所に連れて行けば、この子は自由になれるの」


怖い、気味が悪い。でも、死ぬ・・・目の前の命が死ぬ。自分の感情より、命を守るほうがヒーローらしくてかっこいいと考えた先輩は、まだうつろ気な目をした牛の子に目線を合わせた。


「お前をまもってやるからな!」


先輩の言葉を聞いた牛の子は、よたよたと震えながら立ち上がり、乳を飲むことなく一歩一歩、歩き始めた。


「牛のお母さん!俺、あの子ちゃんと連れてくから!


先輩は、子供の牛のすぐ横に立ちながら、母牛に手を降り、歩幅を合わせて歩き出した。


外は暗かった。しかし、祠への道は熟知しており、よたよたと歩く子供牛を励ましながら、祠のある方へと歩いて行った。


「もうすぐ祠だぞ!がんばれ」


子供の牛を応援しながら、先輩が祠の傍まで来た時、祠のすぐそばに誰か立っているのに気づいた。


暗がりでもすぐ気づくことが出来たのは、その誰かが薄く白く光っていたからだ。


なんだか、もう驚かなかったんだそうです。


ただ、あの人がヤマモリさんだと思ったそうです。


「ヤマモリさんですか?」


さらに近づいて、ヤマモリさんの異常さが際立つ。


胴体より手足が長く、裸で頭は普通の人であったが、もの凄い笑顔であった。


子牛はヤマモリさんに近づいて、しっぽをぱたぱたと揺らした。


ヤマモリさんは子牛の頭を長い手で優しく撫でた。


直感で先輩は子牛の父親はヤマモリさんだと感じたそうです。


「もう大丈夫そうだな!じゃあ、俺帰るね!」


「あ・・・待って」


消え入りそうな子供の声だった。喋ったのは子牛のようだ


「予言するから・・・待って」


「何いってんだよ!予言したらお前死んじまうんだぞ!」


「大丈夫・・・傍なら大丈夫なの」


ヤマモリさんの方を見ると笑顔のまま、ゆっくり頷いた。


「あのね・・・君はたくさん危ないものを見て、危ない目に会うけど大丈夫。君はそれを打ち倒すひぃろぉのように解決するようになるよ」


「本当?!」


「うん!私はもうお父さんと行くけど、君も元気でね」


「おう!ありがとな!」


先輩は手を降って、家にそのまま帰ったそうです。


そしてその翌日に牧場に行きました。母牛に報告に行ったのです。


先輩はそこで話を止めました。


私が母牛はどうなったんです?と聞くと死んでたって一言言いました。


牧場主さんが死体を気味わるがって、すぐに引き取ってもらっていたらしく、会うことはなかったらしいです。


ただ、牧場主さんが見た限り、眠るように死んでいたと・・・。


「俺が会ったの、件って妖怪だと思うんだ。」


「ネットでも有名ですよね」


「ネットだと人と牛の妖怪だけど、多分牛と・・・人じゃない何かとの子供なんだろうなぁ。喋れるのは牛の力で予言は多分、ヤマモリさんの力なんじゃないかな?俺の予想だけど」


「なんか件よりヤマモリさんのほうが謎ですね」


「でも、件って結構記事として残ってるて事は牛さんとヤマモリさんは交友関係結んでる種族なんだろうなぁ」


「なんかC先輩って本当に不思議な考えしますよね」


そういった所で、サークルで使っている部屋の扉をB先輩が勢いよく開けて現れた。


「ねーねー!次のアウトドア、この牛が謎の死を遂げた牧場にいってみない!?」


私とC先輩は顔を見合わせて笑いました。


「あの牛、元気かなぁ」


先輩はそういって夏の青い空に呟きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る