第15話、ことり
「小鳥神社?」
「そう可愛い名前でしょ?」
「いや、お祓いしたいんだろ?真面目に調べたのか?」
「大丈夫だよ!ナビでも小鳥神社で出たでしょ!」
「ああ、鹿児島に行きかけたけどな!」
俺はしがない記者をやっているものだ。
今日は貴重な休日だが、可愛いがうるさい姪によってタクシーがわりをさせられている。
オカルト関係かもしれないので、上着の中に元同居人が残したお守り代わりの万年筆を胸ポケットに忍ばせておいた。
車内には俺、姪のさと美、そして呪われたというさと美の同級生の・・・
「マキちゃんだっけ?」
俺はバックミラー越しに後部座席に座る俯きがちな子に声をかけた。
顔色の悪さは単に車酔いというわけではないだろう。
会った瞬間から、崩れ落ちそうな危うさが彼女にはあった。
「あ、はい。マキハラなのでマキって呼ばれてます。木偏に真実の真と原は原っぱの原です。」
「ありがとう。下の名前は?」
「夢子っていいます」
「夢子ちゃんかー。」
下の名前まで聞いたところで姪が俺の事をじとーと睨んでくる。
下心で聞いたんじゃないよ。コミュニケーションの一環として聞いたんだよ、俺は!
「話は戻るが、その神社はちゃんとした神社なのか?」
「んー兄ちゃんがなんか女の幽霊にストーカーされてたんだけど、偶然寄ったそこの神社でお賽銭投げて祈ったら、現れなくなったって。兄ちゃんが場所覚えてたから、そこの住所ナビに入れたんだー」
待て待て
危うく車を止めそうになった。
「お賽銭って、お祓いじゃなくてお詣りか!しかも適当に選んで?というか、サトルのやつ。そんな訳分からない目にあってたのか?」
サトルというのは俺の甥で、さと美の兄になる。もう社会人で一人暮らしをしている奴なのだが、、、。
「適当じゃないよ!なんかこう、きっと導かれたんだよ!スピリチュアル的な何かに!」
「お前なぁ、、、マキちゃんごめんね、付き合わせて。」
「あ、いえ、、、私も藁にもすがる思いといイマスか」
「呪いってどんな呪い?人が見えるの?」
「いえ、違います。違うんです。人じゃなくて、釘が落ちてるんです」
「釘?」
「はい、学校の七不思議をさと美と回っていたら、最後に釘を踏んじゃって、それからどこに行ってもどこにいても、なんか金属の落ちる音がすると思って、そっちを見たら釘が落ちてるんです。ずっと見張られているみたいで」
俯きがちの彼女はさらに俯いて、顔が見れなくなってしまった。
俺は目的地に急いだ。彼女のためでもあるが、俺のためでもある。
何故なら、俺の足元、ブレーキとアクセルの間に錆びた釘が数本落ちているのだ。
もちろん、出発前にはなかった。
俺は神社への道を急いだ。
「到着だね!」
「はい、ごくろーさん」
神社には駐車場はなく、神社があるであろう階段下の道路の路肩に停めるはめになった。
「早くいこ!早く」
さと美は階段を既に登り始めていて、さと美を追うようにマキちゃんも登り始めた。
階段自体は苔むした様子はなく、階段下から見える鳥居も綺麗な朱色をしており、しっかり管理されているようだった。
しかし、参拝しているのは俺たちだけなのか、先ほどの釘の件もあり、不気味な感じがする程静かであった。
胸ポケットに入っている万年筆を一瞬握り、階段を登り始めた。
階段を登りきり、鳥居を見上げると、神社の名前は掠れて見えなかった。
鳥居も遠くからでは分からなかったが、少し痛んでいるように見える。
掃除する者はいるが、メンテナンスなどの管理には費用がまわせていないのだろうか。
俺が鳥居の前で立っていると、さと美に呼ばれた。
「お賽銭いれよ!」
「あーはいはい」
俺は財布から万札を取り出し、賽銭箱に入れた。二人はぎょっとして俺を見てきた。
「マジ!?」
「え、わ、私もそれぐらい入れなきゃ駄目、ですかね」
「いや、マキちゃんの分を上乗せしただけだよ。マキちゃんのお祓いだしね、これ出せば神様も何とかしてくれるでしょ。マキちゃんは五円出しな。縁を切る意味でも五円出していいんだよ」
「あ、はい!ありがとうございます」
「私の分は入ってないの?」
「お前は自分で入れなさい」
「じゃあ、マキのためにとっておきをいれよう!」
そういって、ピカピカに輝いた金色の…五百円玉か、得意気な顔をして賽銭箱に投げ入れた。
こいつ昔からピカピカしたお金集めてたアホの子だから、多分宝物を入れたんだろうな…多分。
「さと美、ありがとう。めっちゃ大切にしてたお金じゃん」
「いいの!マキのためなら!皆が無事でいられますようにって!」
「ありがとう~」
「マキを呪いから救うのだ~」
二人はそう言って抱きしめあった。
意外とマキちゃんもアホの子なのか、いや、しかし若い女の子がくっついてるの見ると…いいよね!
キンっ
「え」「な」「嘘」
音が金属が地面に落ちた音がしたと同時に鳥居の方を振り替える。
そこには鳥居を越えぬよう、まるで線を引いたかのように無数の釘が落ちていた。
「そんな…こんな…何、これ」
マキちゃんは膝から崩れ落ちた。
さと美はなんとか立っているが、今にも泣きそうだ。
それでも、さと美はマキちゃんに声をかける。
「だ、大丈夫だよ!だって、ほら!鳥居に入ってきてないもん!!神様が守ってくれてるんだよ!」
確かに…けど、これじゃあ出られない。
そして、さと美の声に反応するかのように釘がカタカタと揺れ、まるで蟻の行進かのように一本の釘の列を作り、鳥居の内側に侵入してきた。
「ひっ…」
「ぎゃあ!きた!きた!おじさん!おじさんなんとかしてよ!」
なんとかって…。
俺だって、こんな目にあってどうすればいいか分からないのに…。
狼狽えていると、また後ろから音がした。
今度はガタガタという音。
見ると拝殿の戸が少しばかり開いていた。
…入れってか、神様。
そこに入れば袋のネズミだ。
でも、考えている余裕なんて俺にはなかった。
気付けば、さと美の手を引き、マキちゃんを抱えて賽銭箱を越えて中に入ろうとしていた。
中に入ると、拝殿の中は…からっぽだった。
俺は急いで戸を閉めた。
鍵は…簡素な鍵であったが、俺はそれを止めて戸から離れた。
外からは金属を叩くような音、擦れる音が響く。
硝子戸ではないせいか、外の様子は見られなくなってしまった。
入ったのは失敗だったか。
俺は二人の方を見た。
「な」
さと美とマキちゃん二人が床に倒れていた。
「おい、さと美!おい!」
さと美に声をかけ、肩を叩くがまったく無反応だった。
さと美に声をかけているうちに、マキちゃんがゆっくりと上半身を起こした。
「ああ、マキちゃん。良かった、起きたんだな。すまない、さと美が…」
「マキちゃんじゃない」
「え?」
マキちゃんはそう言って俺の方に目を向けた。
俺は息をのみ、やはり入るべきではなかったと後悔した。
マキちゃんの瞳が血のように赤かったのだ。
「残念ながらマキちゃんはもうこの世にいないよ」
「どういうこと…だ」
「今はそれよりも、あの釘をどうにかしてやろう」
赤い目はグルリと戸の方を見てから、また俺に視線を戻した。
すると、にんまりと笑い、俺に手を伸ばしてきたのだ。
「なんだ…というか、お前は誰だ!マキちゃんはどうした!」
「だからいっただろう、もういないと…それ、借りるぞ」
赤い目のマキちゃんは俺の胸ポケットから万年筆を抜き取り、立ち上がって戸の方へ歩いていく。
「いいか、あいつらへの対象方だ」
万年筆をくるくると器用に回していかにも上機嫌です、といった雰囲気が伝わってくる。
「あいつらへの対象方だが、…ある。そして、ない。だ」
「はあ?」
「あいつらは本来1つの可愛らしい怪異に過ぎなかった。せいぜい、近づいたら扉を少し叩いて近づいてきた者をビビらせるぐらい…。でも、変えられた。しかも複数人、いや不特定多数であり、匿名の奴らによって」
「何でそんな事分かるんだ、お前本当に何もんだ…」
「怨霊だよ」
赤い瞳がギラリと光る。
怨霊と名乗った者は、戸の鍵を開け、外にいる境内に散らばり始めた無数の釘を見下す。
「同じ化け物だからよく分かる。勝手に改造されたのさ。可哀想に。大昔はね、怖い話は本にされ、作者の名前が載ったんだ。民衆が噂話で話した内容も拾い集めて、本にとじた」
「今だってしてる!」
「あぁ、極一部が…だろ?今の時代、何を元にした怪異が…怖い話に興味がない奴らにまで浸透している?」
俺は黙ってしまった。最近は昔の話を題材にした映画があったが…それ以外はネットの匿名の人物が書いた話が映画や動画として広まっている事実は確かにあった。
「不特定多数が書く。匿名ゆえに軽い気持ちで書いてろくに対処方も記さない。さらに話を不特定多数が書き足す場合もある。書いた全員に対処方が聞けるか?対処方をそもそも考えていなかったら?この怪異はな、1つのお話を誰かが書き足して書き足してねじ曲げられた可哀想な怪異なんだよ」
「じゃあ、どうすれば…」
「でも、全てを解決する方法は必ずある。このペンがあれば大丈夫さ」
赤い瞳の怨霊は俺の万年筆をぽいっと境内に投げ入れた。
かん コロコロ
と万年筆が地面にぶつかり、転がると…すっと全ての釘が消えてしまった。
「なんで…」
「あの怪異自体はとても弱いものだ。そして、匿名で怪異を面白半分で書きかえちまう奴の…そうだな、思念なんてのも弱いんだよ。ようは雑魚と雑魚。そこにだ、飛びきりパワーを持った怪異が力を込めて、さらにまた飛びきりパワーを残してある物を使えば簡単に消えるもんなのさ」
怨霊は境内に出て、万年筆をホコリを払いながら拾い上げて俺に渡した。
「いいペンだね、大切にしな」
「あんた…本当に何者だ。マキちゃんはどうなった…!」
「…マキちゃんは、しばらくはいない形にする」
「どういう事だ?
「さっき、弱いって言っただろ?でもね、怪異を書き換えた者の中に…おかしな奴がいてね。この子はそいつに強い呪いをかけられてる」
「呪い…」
「最近の怖い話のオチって、だいたいさ…その場でなんか起きるか…いつの間にか消えてるか、とにかく本人か本人の身近に何か起きて終わるだろ?」
「え、あ…ああ」
「あの怪異に埋め込まれた呪いは今時珍しい末代まで呪うってやつだよ。若い子にそんな業を背負わせたくないから、協力しようと思ったんだ。でも、この子の中を覗いたら弟くんも害はなかったようだけど、怪異に出会っていてね、手遅れになりそうだったから一族全員の存在を書き換えて呪った相手に対して目眩ましをしたのさ、だから私が眠ればマキちゃんは目覚めるけど、名前はもうマキちゃんじゃないよ」
怨霊はそう言って一呼吸した。
一族の存在を書き換えた…?こいつは何を言ってるんだ
「ああ、存在を書き換えたって表現は悪かったね。名字を変えただけだよ、このマキちゃんは当事者だから私の元の力を使って、名前をとったけど」
「元の力?」
「あん?私の神社の由来知らんのか、最低な縁切りとして有名だぞ」
「ことり神社」
「そうそう…分かってるじゃないか」
「…ピヨピヨ」
「……はあ?鳥の小鳥じゃないよ、子供を取るで子取神社って言われてるんだよ、昔は口減らしに利用されててね…。その名残で伝わってるんだ」
「マキちゃんの名前はどう変わるんだ」
「子取りだからね、夢子の子を取って夢になるね、名字は原形を残さないと戻りづらいから木編に神にしようか…だから、榊原になる。この子は今日からしばらく榊原夢という名前になる。目覚めたら、この子は自分を榊原夢だと思うし、周りもそう思う。ただ、あんたは覚えておいて、槙原夢子の名前を。その方が戻りやすいから」
話のスケールがでかすぎる。
この人は怨霊じゃない、私の神社とも言ってるし…。この人はいったい…。
「あんた、怨霊じゃないだろ…。」
「怨霊さ…怨霊でいいんだ。自分の子のために他人の子を食らってた奴なんざ…怨霊でいいんだ」
その言葉に衝撃を受けた。
その逸話は、宗教を学んでいなくても知っている。
目の前の存在が若い子供に対して、その力をふんだんに使う理由がわかった気がした。
「マキちゃんを呪った相手は分からないのか?」
「不特定多数のうちの一人、難しいね。ただ、危険な奴だよ。呪う相手も不特定多数なくせに末代まで呪えるんだ。さすがに、動かざるを得ない。でも、次に何か起こらないと動けないからね…そろそろ眠らせてもらうよ」
「あ、ああ」
「願わくばまた出ることなく、相手が突然死してくれればいいんだけどねぇ」
怨霊はそう言って瞳を閉じた。
俺はフラグを立てられた気がしたが、考えないようにした。
これから、きっと様々な事が起きるだろう。
でも、生きて生きて記事を書いて一流の記者になるんだ。
俺は万年筆を握りしめ、夢子ちゃんいや、夢ちゃんやさと美の目覚めを待った。
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