第8話、鏡
「ふぅ」
俺は今日何度目かのため息をついた。
仕事のミスが連発し、気が滅入ってしまった。
今、そんな気分を払拭するために、夜中ではあるが趣味のドライブに興じている。
どこかへ向かっているわけではない。
ただ宛もなく、自分の知らない道を走るのが好きなだけだ。
ナビに自宅の住所を入力してしまえば、帰ってこれるしな。
俺は一時間ほど車を走らせて、周りが田んぼだらけの真っ暗な道になっていることに気づいた。
自分の車のライト以外ない舗装もされていない道を進んでいると、頭の中で自分の愛車が飛び石で傷だらけになっている所を想像してしまった。
今日はもう帰ろう。
明るい所に出て車を確認したくなった俺は、自宅の住所を入力し、帰る途中、十字路に差し掛かった。
そこにも街灯はなく、ぽつんとカーブミラーがあるだけだった。
俺はミラーを確認して目視もして、人影も他の車のライトもないことを確認して走り出した。
少し進んだところで、突然車が動かなくなった。
なんだ?エンストか?
俺はアクセルを軽く何度か踏んでみたが、車は暗闇の中、沈黙したままだった。
えぇ・・・嘘だろぉ。
俺はスマホを取りだし、ナビを見る。
誰かを呼ぶにしても、この場所がどこなのか知らなくては・・・。
しかし、ナビの画面はいつの間にか真っ暗になっていました。
そして、携帯も圏外と表示されていたのです。
えぇ・・・嘘だろぉ。
先程と同じことを呟いて、俺は車から出た。
周囲に明かりはない。つまり、民家すらないのだ。
どうするかなぁと何度もため息をついたところで、俺は気づいた。
音がする。
足音だ。
小石を踏む、じゃり、じゃり、じゃりとするのだ。
俺はスマホのライトを付け、音のする方へ向けた。
そこには、老人がゆっくりとこちらに近づいてくる所だった。
悲鳴をあげそうになったが、眩しそうに、そして怪訝な目をこちらに向ける老人に慌てて頭を下げて挨拶した。
そりゃ、こんな深夜に知らない人間がいりゃ様子を見に来るか・・・田んぼあるしな。
「あのすいません、ドライブしたら迷い混んでしまって・・・車も動かなくなってしまって、人を呼びたいんですが、ここの住所とか教えていただけませんか?」
俺は老人に話しかける。すると、目を見開いてから喋り始めたのだが・・・。
「ねだとひのわがうこむ、たんあ」
「え?」
「でいおちっこ、らかるやてえしおたかりえか、らほ、よだんるいきどきと」
方言なのか・・・?
とても不気味な言葉を話す老人に俺はたじろいだ。
俺はこの人が怖くなってしまった。
「あ・・・あの、すいません。やっぱり、いいです」
俺は老人が何かを言う前に、車に走り出し、乗り込んだ。
老人は何かをこちらに向かって叫んでいたが、とにかく逃げだしたかった。
車のエンジンは・・・かかった。
俺は老人に注意しながらアクセルを踏み、走り出した。
老人は悲しそうな・・・哀れんだ目をしながら、俺が去っていくのを見ていた。
車のナビを見ると、画面が付いており、自宅を入力して帰路についた。
自宅のマンション内の駐車場に車を止めて、自室への向かうためにエレベーターに乗り込んだ時、奇妙な違和感を俺は覚えた。
でも、それがなんであるか、すぐにはわからなかった。
部屋の前、ドアの前に立った時にその違和感が何であるかわかった。
逆だ。
何もかも逆だ。
部屋の番号もドアノブの位置も、エレベーターのボタンの位置も。
俺は恐る恐る部屋に入った。
家具の配置も俺の記憶の限り違う。まるで鏡のように正反対だ。
テレビを急いでつける。
ニュース番組を放送していた。そしてニュースキャスターが何かを読み上げている。
「すですーゅにのていづつ」
俺はリモコンを手から落としてしまった。
そして、気づいた。
自分が取り返しの付かない事をしてしまったという事実に。
あの老人が言っていた言葉、あれは。
おしまい
別の結末
老人から逃げたところからです。
とにかくまっすぐ走った。
走り続けていると、町に出た。
なんだか、ホッとして信号も青だったのでそのまま十字路の交差点に入った。
その瞬間、強い衝撃と爆音が響いた。
意識が一瞬飛んだ。
頭が熱い。体が痛い。
なんだ?なんだよ
体が動かない。重たい。冷たい。
どうやら、車が突っ込んできたみたいだ。
なんなんだよ、ちくしょお。
周りから声がする。
何を言っているか分からない。
そもそも日本語じゃない気がする。
何言ってんだ、こいつら。
意識が段々と薄れてきた。
その時、頭の中で繰り返されたのは、老人の言葉だった。
ああ、そうか。あの人は。
俺の意識はそこでなくなった。
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