第2章 第18話「全国」

 旅公演に同行していないので現地での雰囲気はわからないが、日本での公演を観る限り、現地での熱狂ぶりを伺うことができる。どうやら本居は海外公演のプランを練っていたタイミングから日本での劇場の取りつけも行っていたようで、企画書を手に各劇場に声をかけていたようだ。

 「俺たちプレイングの再結成公演は海外で行いますが、その公演は必ず日本にも持って帰ります。どんな規模になるかは全て現地調達になるので未知数ですが、成功の暁には是非この劇場で公演を打ちたいです」そんなことを言ったのだろう。

 現地での劇場の規模も最初から想定していたそうで、その規模に見合った都内の小劇場に声をかけていたそうだ。海外の公演を、しかも現地の役者を引き連れての参戦となれば劇場側も簡単には首を縦に振りそうにもない話だが、プレイングの芝居ならば是非とのことで国内最大手の小劇場が手を上げたそうだ。その劇場側は何が何でも再結成公演を引っ張りたかったようだが、本居たちは実際の公演の映像を観てから考えて下さいと一度断りを入れたそうだ。

 現地での公演を打った直後に日本にやって来られれば本番の間隔が空かずに済むのでプレイングサイドからすれば予め劇場を押さえておけることに越したことはないが、企画書だけで見せたところでクオリティが日本の劇団以上に未知数な状態では上演可否の判断はできないだろうということで、本居は下話のレベルで済ませようとしたらしい。しかし劇場側がプレイングの公演ならば是非ということで即座に上演許可を出したとのことだ。


 現地の役者たちにとっても日本に来るのは初めてだし、戸惑った瞬間もあっただろうが、その辺りは折口が的確に対応したと本居が雑誌のインタビューで語っている。事前に東京の雰囲気や舞台からの景色を動画で見せ、そして何も怖がることはないという説明をしたのだそうだ。折口たちも不安だったろうによくぞそこまで言えたと感心してしまった。


 公演のテイストがあまりにも異色すぎた為、客足がどうなるかは開けてみるまではわからなかったが、想像を超える反響がそこには待っていた。海外の人による、海外の言葉での、海外仕様の芝居でここまで集客できるとは予想だにしていなかった。

 しかも驚くことにこの半年後に全国ツアーまで敢行しているのだから驚きだ。全ての劇場においての宣伝方法から世界作り、もちろん芝居の内容まで相当練り込まれていた。

 役者はただ楽しそうに舞台上を動き回っているだけで内容としては素朴極まりないのだが、ここまで人の心を動かすことのできる芝居はそうはない。折口のリーダーシップも光っていた。彼がこの外国人部隊をまとめ上げ、裏ではその指示を本居が的確に出す。常識が一切通用しない彼らだからこそ常識を打ち破ることができた。新たな一歩を踏み出す為に彼らは大いなる賭けに出た。同じことを他の劇団がやってみてもきっとうまくいかないだろう。プレイングだからこそ成功したようなものだ。似たような手法が国内外、都会、地方のどこでも何度でも通用したというのは他に例を見ない。彼らは都市部だけでなく地方部での公演も満席にしたのだ。


 全国ツアー公演の後、彼らは次なる場所へと移る必要があった。他国でも自分たちの演劇を作ることができる。そういう証明を一度はできたが、それでもまだアジア圏内に留まっている。彼らの目標を達成するためには日本の演劇がまだ届いていないアジア以外の場所に出向き、座組を構成する必要がある。そこでは改めて現地のメンバーを集うことになるので、お祭り騒ぎの集団とはここでお別れしなくてはならない。そうは言っても彼らをただ国に返すだけでは再びただのゴロつきに戻ることがわかっていたので、彼らに技術を伝授しなくてはならなかった。彼らを動かしていたのは間違いなく本居と折口なので、この二人がいなくては劇団としてはやっていくことができない。彼ら抜きで日本の全国ツアーをやっていくのは夢のまた夢だ。日本での公演は置いておくとしても、少なくとも現地で劇団を運営していけなければ彼らの努力が一時的なもので終わってしまう。現地人である彼らだけで芝居を作っていくにはどうすれば良いのか。幸いにも村中が熱狂包まれたので、その村とその周辺には彼らを受け入れるだけの土壌が出来上がりつつあった。


 同じ手法ばかりやっていても飽きられるのはわかりきっていたので本居の演劇作りや心掛けていることを関わってくれた現地の人たちに伝えたそうだ。そこまで込み入った取材はできなかったが、本居たちは数週間に渡るワークショップを行い、脚本の作り方、舞台の設置方法、そして成功するために心がけることを全て置いてきたとのことである。これまでは日本での公演を控えていたということも会い言葉に囚われないことを前提にしていたが、現地に限るのであれば言葉を駆使する方向に挑戦してみても良いのではないかという提案をし、また舞台作りに関しては彼らのセンスに任せることにした。テントは天候に左右されないし、観客を限られた空間に閉じ込めることができるので感情を共有しやすくなる。一方で屋外で開催すれば天候に縛られるし観客を内容に集中させることも難しくなるが、そこでも観客を取り込むことができれば本物であることの証明になるなどのレクチャーを施した。それが舞台作りにゼロから関わってくれたことへの彼らなり感謝の姿勢であり、彼らの今後を支えうるだけの誠意なのだろう。実際、現地で関わってくれた人たちは旅の劇団として周辺諸国まで活動の幅を広げているらしい。自分たちの国では台詞メインの芝居を、周辺国ではとにかく賑やかな舞台を繰り広げているそうだ。全て本居たちがやったことを踏襲している。今後も活動の幅を広げていくことだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る