第2章 第14話「轍」

 あの時、鴨間は影とコンタクトを取ろうとしていた。最初からそれが目的だったのだ。核心を突きたくて仕方がないといった雰囲気が漂っていた。鴨間は影を追い求めていた。他の人にも現れていたこの影が俺のところにもやって来るという予感がしていたのではないか。

 元々アンテナの張り方が凄まじく広い人物だ。いつかは影を捕まえることができただろう。その機会の一つがたまたま俺の所に回って来たと言うだけのことで、俺だって同じ立場であったら同様の行動を取っていたはずだ。全てが計算尽くであったかどうかまではわからないが、ある程度神の出現場所を絞れてはいたのだろう。


 影と鴨間の受け答え自体には俺も興味があった。むしろない方がおかしい。俺の体を乗っ取っている影の目的が気にならないわけがない。これまでの行動と鴨間との会話から察するに、薄々は気付いていたが、俺の行動のスクラップアンドビルトが目的であったようだ。俺の行動のベクトルを一度ぶち壊し、新たな方向に進ませる。俺のというよりも「俺たちの」と言った方が正しいかもしれない。これまでも俺と円の進むべき道のりが影によって大きく修正されることになり、今一つ踏み出せない領域への後押しをしてくれた。何が正解で、何が間違っているのかは誰にもわからない。しかし何者でもない「神」にはわかっていたのだろう。


 この世界の成熟度がある水準に達した時、その水準を大きく上回り、新たなステージに向かっていく必要が出て来る。芸術の世界にはそういった必要が度々生じる。まるで生き物のようなものだ。演劇でも映画でも美術でも音楽でも、同じ世界の人間が皆で一斉に進化することがある。その第一歩を切らせてくれるのは各人の努力以上に神の力によるものなのかもしれない。そうでなければこうも自然に進化していくわけがない。

 鴨間の質問が影の答えを引き出していたが、その中でも『例えば芸術の世界とスポーツの世界でそれぞれ別の影が存在しうるのか』という質問への回答からすると、どうやらそれぞれの影がいるようだ。

 芸術の世界と異なり、スポーツの世界は記録が正確な数字となって現れる場合が多い。


 バニスター効果というものがある。人々は集団的無意識の内に見えない壁を拵えてしまっているが、その壁を超えられるという確信を得た瞬間、一斉に壁を超え出すという理論だ。二〇一八年、日本の競歩の世界で三時間と「四十分」という壁が越えられた。この「四十分」という壁は日本人がこれまで一度も破ることができなかったのだが、二〇一九年に早速日本記録が塗り替えられることになった。

 マラソンの世界では二〇一八年に人類史上二時間と一分という記録が出たが、翌年の二〇一九年には二人目の一分台の記録が出た。一度超えられた壁は早い段階でまた越えられるものだ。

 そういった世界の神はまた別にいるのだという。きっと相性の問題なのか、好みの問題なのかがあるのだろう。


 鴨間に言わせてみれば俺の所に現れたのは芸術の神というところなのだろうか。その神はあれ以来俺の前に一度だけ現れたが、出現には何の意味もなかった。なぜ俺の所にやってきたのかはわからないが、きっと神の目的は達成されたのだろう。つまり俺たちが演劇の世界を新たなステージへと運ぶ役割を果たしたわけだ。独力でそこまで行き着くことができたのかと問われれば自信を持って頷くことはできない。思い過ごしかもしれないが、俺たちはあのままの場所でしばらく続けていくことが十二分にできたはずだ。企画自体はまだまだ持っていたし、それぞれの発想もまだまだ枯れることはなかった。しかしあのまま続けていたらきっとどこかで破綻を来して今と同じような再生の道を辿っていたかもしれない。

 もちろんこの演劇界の轍を付けているのが俺たちではなかった可能性もある。別の誰かが先陣を切り、俺たちが後を追う展開が待っていたかもしれない。そうなったら話は変わっていただろう。現に俺たちの後追いをしている劇団がいくつか出始めている。


 海外での公演を目標に行うものの、いきなりブロードウェイを目指すのではなく、言語や文化の異なる場所でヒットさせ、その結果を持ってして活動範囲を広げていくという方針で俺たちは動き出した。もちろん日本をベースに置くことは忘れてはいけない。日本人は良くも悪くも流行り廃りには敏感だし、自分たちの目や耳に入らないものは消えてしまったと捉えてしまう部分がある。彼らにとって消滅したと思われることはすなわちホームを失うことにも繋がるので、日本という基地は絶対に手放すことができなかった。本拠地を日本に置きつつ、主な活動の場を東南アジアに広げた。


 母数で勝てなくても良い。特定の地域で認められるというのが大切なのだ。時間をかけて交流していくつもりであったが、その辺りは円の人格と発想が大いに嵌った。彼の野性的な勘は国内外問わず通用した。アウトラインだけ俺が作り、実地の落とし込みを円が担うと、人々の喜ぶ作品が出来上がった。

 現地に入り、空気を吸い込んでから作品作りを始める。もちろん事前の下調べはしたものの、物を言うのは机上の知識ではなく肌で感じ取ったものであった。円とのコンビは場所を選ばずに人気を博すことになった。東南アジアから始まり、中東に向かい、そしてヨーロッパとアメリカに乗り来んだ。この工程に五年の歳月を費やし、俺も気が付けば三十代半ばに達していたが、月日以上に得たものが大きかった。演劇の手法を手探りで学び、どんなものが喜ばれるかの感覚を研ぎ澄まし、それぞれの文化の類似性と違いを獲得した。

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