第2章 第13話「采配」

 密着取材は舞台に立たせてもらったところで終わりにした。あの場で起こった特殊なやりとりを記事に載せるつもりはない。取材を始める前はそこまでの出来事を取り上げることで大きなスクープにし、できる限りの多くの人と情報の共有をして、そこから神の新たな面を探ろうと思っていた。


 しかしあの舞台上で全てを悟った。ずっとコンタクトを取りたかった神と遭遇できたのに、実際に会話をできたのはものの五分程度だ。本来であればもっと多くの時間を神との会話に割きたかったが、あれだけしか接触できなかったのだからまたゼロから神を探り当てるしかない。一方であれだけのコンタクトではあったけれど、神からは全てを教わったような気がした。


 神の意図、それは人を一度突き落として再生させることだ。本居翔という一つの偉大な才能を最大限に引き伸ばすためにも彼を貶めることが必要であった。その為に下手な演技を強いて本居の立場を悪くした。しかし下手だと思っているのは舞台上の人間だけで、観客からしてみれば全く気にならないレベルの違和感でしかなかった。常連達でさえも今日はちょっと違う演技をする程度にしか捉えていなかったようだ。その辺りに神の妙技を感じざるを得ない。スタッフの態度や観客のコメントなんかも、彼には悪い部分しか見えていない。彼を疑心暗鬼の状態に落とし込むこともまた神の采配であった。


 恐らく神と本居の間には何かしらのコミュニケーションがあったはずだ。本居は何者かに発想を転換させられたような感じがしていたし、舞台上で対話をした神にも本居の方向性をシフトさせた素振りがあった。彼らは何かしらの方法で通じ合っていたという仮説が立てられる。


 神の存在を確認することができた。しかし記事にはしない。これは私の中だけで留めておくべきだ。そもそも何か商売に繋がるような情報を得られたわけでもない。これからもアンテナを張り続けて、神が引っかかりそうであれば追い求めてみる。記事にできそうな取っ掛かりでも見つかれば記事にもするが、取り敢えずはここで一段落だ。彼らはこれから大きな計画を打ち立て、実行に移すことになる。その布石を敷けたのだから神も満足したのだ。彼らのこれからが楽しみだ。

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