第2章 第11話「共通」
「神はいると思うかい。いや、変な意味じゃなくて」稽古後の何気ない会話の延長で鴨間が尋ねてくる。
「なんですか、宗教勧誘ですか」笑って聞き返す。
「そういう類のものは信じていないよ」
「どこからどう聞いてもこれから勧誘されるみたいな切り出しでしたよ」
「神様が助けてくれたことがあるだとか、これから起こりそうな悪い出来事を神様の力で打ち消してもらおうとかそんなことは考えないし、そもそも他者の力に頼ると言うのは私の流儀に反する」
「自分にとってプラスになることは頼らない。でも他人に対しての働きかけは別ということですか」重箱の隅をつつくような質問をする。
「他人に対しても特に願ったりはしないよ。あいつに泥をつけてやれだとか、こいつがどこかでつまずきますようにだとか。良い方面だと子供の手術を成功させてくれだとかね。願うなら医者に対してだろう。明日のこの子の手術がうまくいくように、今晩は良いものを食べてしっかり眠って下さいってな具合にね」
「ちょっと安心しましたよ。鴨間さんがまともで」
「ただ、誰かの成功が神のような力による支えの上に成り立っているんじゃないかと思うことはある。神というより守護霊と呼ぶべきなのかもしれないけど」鴨間は影のことを言っている。そんな考えが一瞬、頭を過った。
「芸術の世界で誰かが大きな成功を収める前には必ずと言って良い程みんな妙な躓き方をするんだ。よくありそうな話ではあるんだが、もしかしたら本居もそんな話を知っているんじゃないかと思って」
「俺が一人芝居を始めたのも何かそういった力が働いているんじゃないかっていうことですか」
「プレイングの最後の公演を見せてもらったけれど、どこかに違和感があった。まるで稽古の時と異なる雰囲気で舞台に臨んでいるような気がした。もちろん私は稽古を観ていないから何とも言えないけれど、あれはプレイングの創り出す雰囲気じゃなかった。そんな風に見えたんだ」
鴨間の洞察は鋭い。他にも情報を握っているようだ。いっそ影のことを話すべきなのだろうか考えたけれどこの手の情報は他者と共有するべきではないと瞬時に悟った。
「確かに本番は稽古の時とは異なる雰囲気でしたね。俺自身が初舞台だったので、から回ってしまったような感じだったんですかね」適当にとぼけてみる。
「詳しいことは良くわからないけれど、から回っているという感じじゃなかったよ。自然体で演技をしているように見えたけれど、周囲の役者の反応に違和感があった。後出しで申し訳ないんだけど、実は以前その公演に出ていた役者たちに聞いてみたんだ。何かおかしなことはなかったかって」
「どうしてそこまでして人の失敗の原因を知りたがるんですか」冗談っぽく笑いながら尋ねる。
「そう言われるとも思っていたし、いくらライターだからってあまりにもぶしつけだということはわかっている」鴨間は真剣な顔で言う。
影について何か心当たりがあるからこそ、こうして俺の所へ来たということがわかった。鴨間の動機だって手に取るようにわかる。文化について追及したいからこそ、そういう神がかり的なことが起こったのであればどんどん追い求めたくなる。きっと俺だってライターを志していたら同じことをしていただろう。だが安易に情報を共有するべきではない。簡単に教えてはいけないことだ。
「個人的な興味なのか、それともライターとしての意地なのかは私にもわからない。それでも探れる場所は探るというのが私の仕事なのは間違いない。何も隠しているものを無理の暴こうっていう腹じゃないんだ」
「鴨間さんの気持ちは良くわかります。きっと他の方にも同じようなことを聞いて、そして良くわからないという回答をされたんでしょうね。でも本当に俺にもその方々と同じように何もわからないんです」
ひとまず鴨間には引いてもらうことができたし、この妙なやり取りを記事にはしないという了承も得ることができた。影は影の存在について特に何も言って来なかったが安易にその存在を公開するべきではない。
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