第2章 第10話「流行」
神は同時多発的には存在し得ない。大転換は順番に起こる。だからこそ一ヶ所で何か起こってしばらく変化が見られない場合はさっさと次の出現場所を予測しなくてはならない。
「鴨間さんはどうしてライターをされているんですか?」本居が尋ねる。
「追い求めているものがあるんだ」
「記事を書くことで追い求められるものなんですか?」
「記事を書くのはほんの一つの足がかりに過ぎないんだ。ただ、情報を集めていると自然と見えてくるものがある。いつどこでどんなことが起こるかを予測して動くというよりは、たくさん動いて、できる限り眺めて、少しずつエピソードを引き出す。情報を大量に仕入れることで見えてくるものがある。ライターが最も情報を持っている職業なんだ。編集長クラスの人間こそが多くの情報を握っていると思われがちだけど実際は違う。彼らはある程度精査された情報が上がって来てそれをあっちへやりこっちへやりという作業が主になるから、有象無象の情報は持ち合わせていない。その点、ライターは人によりけりではあるけれど珠玉混合の情報を握っている。基本的に情報は鮮度が命と言われているけれど寝かしたり他と組み合わせたりして活きてくる情報もある。そういった情報を最前線で集めるために、私はライターの道をえらぶことにしたんだ」
「編集長の経験もありましたよね」翔が問う。
「良く調べてくれているね。編集の取りまとめをしていたからこそわかったこともある。ライターだけしかしていなかったら、さぞかし編集長のポジションが羨ましく感じられるだろうな。座っているだけでどんどん情報が集まってくるなんて最高じゃないか。もちろん雑誌の構成に対する責任というものはついて回ってくる。情報の取捨選択だって命取りになることがある。読者に見限られればそこでおしまいだ。編集長としても、雑誌としても。ここだけの話、マジもんの大手だったら他所の会社と何をやっているのかを直に話し合って内容が被らないようにしたり、逆に敢えて被らせるようにして流行を作り出すなんていうこともあるんだけどね」
「特にファッション業界の流行は顕著ですね」
「ファッションがわかりやすい例だね。あらゆる雑誌が一斉に同じコーディネイトを推す。今年はふりふりが流行るだとか、ワンピースが流行るだとか、帽子は大き目がかわいいだとか、そんなことをあっちこっちもで宣伝すれば自然とブームが訪れるし、服屋も前もって流行るものを生産しておけば安心して構えていられる」
「服屋と出版社は世間が思っている通りのグルだったんですね」
「まぁそんなところだね。あてずっぽうで売り出しても仕方がない。大きな流れは大きな枠の中で動く。その点、私のやっていることはそんな人工の流行に囚われない本当に良いものを探し出すっていうことなんだ。もちろん読みが外れて注目したはずの人間がどんどん落ちぶれて行くこともある。それでもピックアップして雑誌を通じて紹介していくことで火が付いたことは何度もあるし、それがライターの魅力の一つなんだ」
「でもそれだと根元の部分は大手の出版社とやっていることが同じじゃないですか。クリエイターとライターなり編集者なりが手を組んだらそういったブームが起きる確率は上がりますよね」
「まぁそうだね。枠が大きいかどうかだけで結局のところ火の立っていないところに無理やり燃料を放り投げるようなもんだから、その点はファッションも芸能も変わらないね。だけどそれは受け取り手の問題だ。しっかり話し合ってマスゲームで勝利するのと、当たるか当たらないかわからないものを読者に提示して博打的に受け入れてもらうのは本質的に異なる」
「そう言われると記事を書き上げるのは博打みたいなものだという気になりますね」
「決して安全な商売を目指しているわけじゃないんだ。こんなに面白いものがありますよっていうのを世間に教える。誰かが拾わないと一生埋もれたままっていうものはどこにでもある。流行りっていうのはある部分は人工的なものだけれど、大部分が自然発生的なものだと思っているよ。本居の商売もそうだろう?」
「確かに言われてみればそうですね。舞台を立ち上げてそれを観てもらうっていうこと自体は自然なものかもしれませんけど、ある程度規模が大きくなってからは固定のお客さんも付くようになって、そういう方たちに劇場まで足を運んでもらうっていうことが自然かどうかはもはやわからないですね」
「寄ってたかってつまらないものを押し付けるのはどうかと思うけど、私は自分がこれだと信じたものを世の中に押し出しているつもりだし、そういったものを探すこと自体が楽しいんだ」
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