第2章 第6話「実績」

 専門のジャンルは「繊維」であった。ニッチではあるが一定数の読者が存在している。私自身が繊維に強いのかと言われればそんなことはない。十代後半の文系の大学生に扱える代物ではなかった。しかし売り込みの手口はそこではなかった。

 「御社の町を売り込みたいんです」

 街歩きであれば誰にでもできる。大手の出版社は千代田区やその近辺に本社を構えていることが多いが、その企業は埼玉北部を拠点としていた。繊維系の工場が栃木県や群馬県にあり、そういった企業向けの情報発信の場を設ける為に埼玉北部を選んだのだと言う。

 繊維専門の出版社だからこそ地理方面の情報は疎かったりする。仮に地図専門の会社から声がかかった場合はどうしようもなかったが、地理以外の何かに特化している会社だからこそその専門分野以外を攻めることができた。


 こうして私の雑誌編集者としてのキャリアは埼玉北部の散策から始まった。地図作りというのは意外に皆が手を抜く分野であったが、学生ということで持ち時間が多い分、好き勝手にその土地をうろつき回ることができた。勿論経費は個人持ちにはなるが、そんなものは後で取り返せば良い。少ない貯金を削って街のあらゆる情報を集めた。グルメから地名、そして歴史までなるべく込み入っていて細かい情報をかき集めた。そんな情報を詰め込み六ページ程度の冊子を完成させ出版の担当者に見せたところ反応は上々であった。独特の情報が掲載されている雑誌が印刷代と紙代だけで誕生したので少なくとも出版社に大きな損はない。後は身近な繊維関係の企業の手に渡りさえすれば物事が動き始める。


 一ヶ月程が経過し、中々面白く斬新なことをするという評判が聞え始めた。その評判に応えるべく第二号を作ることになった。第二号では一号目に載せきれなかった情報を新しく書き下ろすことで余計な手間をかけずに脱稿することができた。

 これを繰り返すこと半年ちょっとでその会社の一員として正式に受け入れられることになり、フリーペーパーに関しては無償で続けた一方で、その企業が力を入れている本誌の小さいコラムを書かせてもらえるようになり、それに対しては報酬を出してもらえた。大学二年に上がる頃にはそのフリーペーパーも出版社にとって欠かせない存在になり、本誌では、繊維業界には関係のないパートではあったものの、一つのコラムを任せてもらえるようになった。大学の新聞部にいたら絶対になしえなかったことだ。


 そして二年生に進級した段階でこの実績を引っ提げてまたもや千社にメールを送り付けることにした。

 今回の反応は凄まじいものがあった。前回は百社からしか返事がもらえなかったが、今回はその数が三百社に増え、その内の十社からオファーがかかった。全てはフリーペーパー作りが認められてのものであった。


 元々のフリーペーパーは固定給を頂くことで書き続け、その他の会社については納期などの条件さえ合えばいくらでもフリーペーパーを書かせてもらった。無償か経費のみが報酬となる場合が多かったが、期限さえ守れそうであればなるべくたくさん引き受けることにした。全ては地域情報に焦点を絞ったものであった。月刊のものもあれば季刊のものもあったが、フリーペーパー程度のものであれば一週間に一誌を作ることができるのでひと月に四誌を手掛けることができた。少し頑張ればふた月に十誌が出来上がる。印刷は全て出版社経由で行うことができたからこそ実現できたという部分もある。こうしてフリーペーパーを作っている内に報酬は無償から有償になり、経費のみのところがプラスアルファを出してくれるようになり、少しずつビジネスとして成立するようになっていった。


 三年生になった時に、大手の出版社から声が掛かった。

 「報酬を出すので、うちで新しい雑誌を作りませんか?」

 このオファーが私のライターとして自立する大きな一歩を踏み出させてくれた。

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