第2章 第5話「雑誌」
文章を考えることを仕事をしたいと思うようになったのはいつからだろう。小学生だか中学生だかの時に周りが作文で悩んでいた一方で、私はどんなお題の文章でもすらすらと書き上げることができた。速さも一番であれば内容も一番であった。
そこでふと思った。私の天職は小説家なのではないだろうかと。しかし、小説を書き上げられる程の風景描写や台詞のレパートリーは持ち合わせていない。ましてや何かしらの分野の専門知識すら持ち合わせていない。そんなことを小説を読むたびに思うのであった。そもそも活字を読むのはそんなに得意ではない。プロには遠く及ばない。
私に書けるものは、想像力での一本勝負のものではなく、目の前にある物事や自身の感じたことをありのまま素直に文章で表現することだった。ないものは描くことができないが、あるものはなんだって書き表すことができる。だからこそ作文の内容もお題と身近な物を紐づけて書いていた。
感性を活かさず、事実を忠実に書くのなら何が一番かと思った時に行き着いたのが新聞であった。そこで大学は最も新聞部が盛んな学校を選んだ。とは言っても新聞部が盛んな学校は文化的である可能性が高いため、当然入試の難易度も高いものであった。それでもどうしても本格的な新聞作りに携わってみたかったので、高校の三年間を全て受験勉強に捧げた。その結果、難関大学の経済部門の学部に入学することができた。経済が最も動きのあるニューストピックであると踏んだためだ。
晴れて文章作りに明け暮れることができる。そう思った矢先にあてがわれた新聞部での仕事が契約係だったのである。そんなこんなで現実に幻滅させられたものの、元々ジャーナリズムに燃えていたわけではなかったので、何の後悔もなく新聞部を退部し、個人で雑誌を作ることにした。一人で新聞を作るとなると手広く情報を集めなければならないが、雑誌であれば掲載するジャンルを絞ることができる。さらに雑誌は新聞と同じく個人の感情よりも伝えるべき事実が優先される。
こうして私は組織には入らず個人として雑誌を作ることにした。内容は何でも良かった。
「どれだけスポンサーを募れるかなんだよ」という新聞部の人の言葉を頼りにすることにした。組織に浸ったところで私の夢は叶わない。しかし味方は欲しい。そう思ってからの行動は早かった。
手始めに関東一帯の出版社のリストを作った。大手中小ジャンルを問わず出版社を全てリスト化し、全社にメールを送った。
「雑誌を作るのでバックアップをしてください。鴨間」
ダメで元々の精神でメールを送りまくった。関東だけで出版社は千社もある。これだけ送り付けて返事があった企業が百社、検討しても良いと考えている企業が五社と来た。
「残念ながらそのような方針では動いておりません云々」
「若い方からこういった連絡を頂けることを大変嬉しくは思いますが進行中の企画以外に割ける人員はおらず云々」
と言った回答が多数を占める中で五社だけは
「どういった雑誌の内容かを伺ってもよろしいでしょうか?」
という返答がやってきた。
あとはしがみついたもん勝ちだ。相手の出版社の傾向を調べてそれに近しい形の雑誌のアイデアを売り込む。既に存在しているコンテンツだと言われてしまえばそれまでだが、少なくとも見当違いの企画を持ち込むよりはよほど当たる可能性が高い。千社の中から一社に振り向いてもらうことが目的なので細かいことは気にしていられない。
そうしたところ一社だけが振り向いてくれた。
「フリーペーパーという形にはなるが、うちを看板にして雑誌を書いてくれても構わない。反響があればその内本誌の中のコラムを任せたいとも思う」
出版関係の志望者は多いものの、即戦力になるような人材は意外と少ない。学生という時間のある人間に自由に雑誌を作らせてみて及第点のものが出来上がれば学生枠のお試し版ということでフリーペーパーを独自の流通網の中で配布してもらえる。
このような試み自体が珍しいので、企業からすればここでヒットすれば私を自社の一員として取り込んでおきたいだろうし、相乗効果でそのフリーペーパーにもどんどん磨きがかかることであろう。最初は無報酬で試用することができるし、当たれば報酬を与えてでも囲いたくなる。企業が都合良く思うような立ち回りを演じて取り入った。
ある程度の仕事と責任を与えてもらえるようになるというのが一番の狙いではあったが、最低ラインとしてはその企業の名前でフリーペーパーを世に出すことができれば十分であった。この業界は経歴が物を言う。若くして何かを成し遂げた人間は少なからず認められる。それが根本的な狙いであった。これを皮切りにステップアップできればどんどん味方が増えて行く。スポンサーも大事だがまずは出版畑の人間を味方につけて行くことから始めた。付いたり離れたりが当たり前の世界では独立を気に病む必要もなかった。上に上がれるチャンスがあればどんどん登っていくつもりで最初の一歩を踏み出した。
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