第21話「人望」

 脚本は当初から全て円が書いていた。そういう体になっているが実際に脚本を書いているのは俺だ。舞台に上げた脚本を円に書かせなかったことは一度もなかった。演出が脚本を書いていた方が作品としての箔が付くという予感があったので宣伝上は演出である円が脚本を書いたことにしている。

 円の演出としての希望を聞き出し、それを元に俺が脚本を上げ、その脚本に円が演出を付けるということからプレイングはスタートした。

 せっかく演出を付けるのだからと初期の頃に一度だけ円に脚本を書いてもらったことがあるのだが、彼の文章力が皆無で非常に驚かされた。書かれていることの意味自体は一応伝わってくるものの、脚本からは情景や登場人物の表情が何一つとして浮かんで来ない。

 細かい表現は稽古で付ければ良いのだがそれにしても取っ掛かりがないと役者とのイメージの共有も大変だということで、仕方がなく俺が脚本を仕上げることにした。


 しかし不思議なもので円が演出を付けると一座がまとまる。円の表現力と、その伝達力がなせる業だ。根本的に円の希望がふんだんに含まれている脚本ではあるものの、俺の脚本の細かい意図まで円がしっかりと掴み取り、何倍もの表現にして役者に伝達をする。円の包容力、もといリーダーシップはずば抜けている。彼の言うことにはどんな役者もきちんと言うことを聞くし、その吸収には目を見張るものがある。

 最初の内だからこそ起こったビギナーズラックかと思いきや、どの公演でも円の演出は光る。円の教えを受けた役者は不思議と他の現場に出ても頭角を現していくし、他所の劇団で演じて箸にも棒にも掛からなかった役者も円の下で稽古をすると途端にその才能の片鱗を見せる。俺が演出を務めても同じ結果にはならないだろう。

 円には人を惹きつける不思議な力がある。


 こうして俺は脚本を書き、円が演出を付けるスタイルが確立した。制作は全て俺が引き受け、円はその他のスタッフを連れてくる。円は人望も深ければ人脈も広い。序盤こそ先輩方の伝手でお招きしていたスタッフも、いつしか円が直接声を掛けるようになっていた。

 そして円の近くにいることで俺にも人望のようなものが生まれるようで、円が手一杯の時は円を飛ばして俺がスタッフに依頼をすることもあったが、その際は円と同じような扱いを受けている気持ちになる。


 そういった円のお陰で出来た縁もり、俺の一人芝居も成立している。俺の一人芝居は決して独力で成り立っているわけではない。二人で芝居を作っていたときの流れが今も生きているのだ。

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