第19話「挑戦」
「挑戦」が俺のキーワードであった。小さい時は向上心の欠片もなかったのだが、気付いたときには常に大変そうな道を選ぶことに決めていた。
演劇は大学に入ってから始めた。高校までは短距離走に全力を注いでいた。リレー走の時だけはチームの一員として取り組んでいたが、基本的には孤独な競技であった。周り全員が敵の状態でいかにして自身を高めていくか。そんな風にして中学高校時代を過ごしてきた。陸上に精を出していた甲斐があって全国大会に出られる程にまではなったが、そこからの壁が高かった。中学三年、高校二年、三年と三回も全国大会で駆けたが毎回予選敗退となった。走れども走れども追いつけない。上には上がいる。努力だけではどうにもならない世界がそこにはあった。
しかし高校時代を最後に陸上を辞めたのは決して逃げたわけではない。陸上自体は大人になってもきっとできるチャンスがやってくる。しかし大学生活でしかできないことがある。それは何だろう。そんなことを考えた結果、一度ずっと続けてきた陸上とは距離を置くことにした。
今しかできず、陸上の世界からは遠い場所を探した。そんな中で出会ったのが演劇であった。孤独ではなく、運動の世界からも離れている。そしてある程度時間をかけることのできる分野にしようとも決めていた。するべきことはすぐに見つかった。そこには総合芸術の道があった。バトンを繋ぐだけとは異なる意味でのチームワークが要求され、また準備にも時間のかかるものと言ったら演劇しかない。そんな思いを抱き演劇の扉を叩いた。
役者志望で入ってはみたものの大学演劇というのはスタッフも兼任するというパターンが多いらしい。そこで役者兼制作として大学演劇のスタートを切った。
これまで学校のグラウンドや陸上競技場という物理的に広い空間で声を上げることに慣れていた為、声は同期の誰よりも出た。同期には演劇経験者も何人かいたが、その中でも俺の大声は誰にも負けなかった。そんな中で唯一声の大きさで俺とタメを張ったのが円であった。そんなこともあり顔合わせ初日に俺と円は良いライバル関係になった。円は役者兼演出助手という立場であった。しかし演出助手というのはあくまでも座組の稽古の補佐をする立場であり、演出に直で関わるということはなかった。サークル内での最初の公演は二人とも役者として舞台に上がった。裏方として俺は制作の補佐として、円は演出の補佐として関わった。
制作の仕事は至って単調であった。単調すぎてあれこれと工夫を凝らす余裕はいくらでもあったのだがサークルの伝統がどうとかで個人の好みは中々反映させてもらえなかった。宣伝方法の拡大や舞台外での世界設定の構築などいくらでもアイデアを持ち合わせていたのだけど、ゼロをプラスにする作業については肯定的に受け止めてもらえなかった。
一方で円も演出という冠に騙されて稽古場の雑用をさせられていた。稽古場の開錠施錠から演出用の机のセッティング、シーンごとの稽古スケジュールの管理まで稽古場に関することは全て演出助手に任されていた。ゆるいサークルでもあったので周囲の人たちも手伝ってくれことは往々にしてあったし、決して雑用が嫌だったわけではない。ただ舞台上のことを取り仕切る演出という立場とは言えど実情はただの大学生であり、つまりは素人なわけで側にいたからと言って演出としてのあれこれについては何か学ぶことができるという程のこともなかった。
役者としては二人ともそれなりの役を与えてもらうことができたので思う存分活躍できたのだが、サークル全体の活動としては少なからず不満があり、もう少し自分たちの意見を舞台に反映させたいと思っていた。
そんな愚痴を漏らしていたことから俺と円は意気投合し、二人でサークルを脱退して新しいユニットを作ることにした。
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