第18話「理由」

 「お前の技量は俺が一番わかっている。なんて言ったってお前自身なんだからな。俺がどこかへ消え去りお前を一人ぼっちにしてもお前は舞台上できちんと振る舞うことができる。台詞は当然入っているし、動きも概ね覚えている。それくらいのことは良く理解している。でもそれは俺がいなくなったことの言い訳にはならない・・・そういうことだろう?」立て続けに影が語り掛けて来る。

 「お前が聞きたいのは俺がいなくなった後がどうこうの話じゃなく、俺がいなくなる前の話なんだからな。これからの心配よりもこれまでの意図を知りたがっているんだ」

 影はふっと息を吐いて吸った、そんな感じの間を取ってから続ける。

 「だが今は話すべきタイミングではない。いつかはちゃんと説明しようとは思っている。だが今はその時ではない。そしてそのタイミングがいつ訪れるのか、そして本当に訪れるのかは俺にだってわからない。今言えることはそれだけだ」影が言う。

 「そんな曖昧な説明ではお前に舞台を任せることはできない。前回はフォローしてくれる周りの役者が何人もいたが、今回は鴨間しか同じ舞台上にいないんだ。舞台初心者に全てを任せるような真似だけはさせられない」

 「それは問題ない。ありえない話ではあるが、万が一俺がいなくなってしまったところで、お前は鴨間と稽古を積んできたんだろう? 俺がどこかに行ってしまったところで、一週間稽古が中断されたと思えば大した問題にはならないんじゃないのか?」

 「確かにお前の言う通りだ。だからと言ってお前のことを信用して俺の代わりに舞台に上げられると思うか? 途中で本番を投げ出したようなやつにおいそれと大切な、しかも今回に限っては他の役者を巻き込んでの舞台は任せることはできない。俺はそこまで無責任にはなれない」影を攻める。

 「試しに一度俺を稽古で使ってくれないか? 取りあえず一度だけで良い。一度試させてもらって、俺の熱意と、実力と、それから信用について問題がなければそのまま本番でも使ってやってくれないか。その判断はお前に任せる」影が譲歩にならない譲歩を提案してくる。

 「百歩譲って試験的に稽古場に立たせることは良いとして、今度はお前が舞台に立ちたがる理由がわからない。どんな企みがあるのかわかったものじゃないしな。さらに言うと俺がお前を舞台に上げてやる理由もない」影に様々な角度からの舞台に立たせたく理由をぶつける。

 「俺がお前の影として存在している理由、考えたことあるか?」唐突に影が言い、続ける。

 「それが今回舞台に立つことの答えなんだ。俺にとっての理由であり、お前にとっての理由でもある」影の言葉のトーンが変わった。

 「俺にとっての理由?」影に聞き返す。

 「前回は別の理由があって舞台には上がらないことにしたが、今度こそは絶対に舞台に立つ。前回できなかったことを今回はやり遂げに来た。それがもう一人のお前である俺がここに現れてお前に頼み込んでいる理由だ。そしてお前に利益を齎すという理由もある」鴨間との本番を一週間後に控えている状況で影は言い切った。

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