第17話「大失敗」

 公演は円と組んでいた頃以上の大失敗に終わった。

 「気にしなくても良い。これも演劇の醍醐味だ」反省会を兼ねた集い、稽古場で鴨間が優しく話しかけてくれる。今この場にいるのは鴨間と俺だけだ。

 一回限りの講演会テイストの公演ということで二人舞台にしては規模の大きい劇場を押さえ、準備も万全にしていたはずだった。しかし影の演技一つで全てが台無しになった。今後、俺と舞台に上がりたいという人間はいないだろうし、鴨間も役者として舞台上で観客の前に立つことはもうないだろう。その辺りは影が巧みであった。


 手配した全てを無駄にする演技というものはそう簡単にできるものではない。自身を貶め、舞台美術から照明から音響まで舞台上に存在するありとあらゆる全てのものに込めた意味を無に帰し、唯一のパートナーである鴨間の足をこれ以上になく引っ張った。大げさな下手なのではなく、間の取り方がどこかずれていて、発声には中途半端に稽古を積んできた者特有の濁った音が現れている。所作もどこか素人じみている。稽古時には違和感なく俺自身として演じ切っていたが、本番に入った途端に演技の雰囲気をガラッと変えてきた。

 二時間の作品の中で終始珍妙な空気が流れ続ける。間の抜けた雰囲気、おとぼけた音響、ぬめっとした照明。計算をした上で十分に成立すると踏んで立ち上げた舞台にも関わらず、歯車が少しずつ食い違って歪な作品へと変貌させてしまう。シンプルな会話劇なのにここまで異なる姿に変えてしまえるのは影の才能なのだろうが、今回は褒めている場合ではない。


 本番後すぐに影は現れなくなった。演技中に干渉しようにも影は俺の思考を全て無視してひたすらに演技を続けた。鴨間は舞台について具体的には何も言ってこなかったが、大方舞台アンケートやネットでのコメント通りのものなのだろう。


 「独特な空気が流れていた」

 「劇場のキャパシティに見合った舞台ではなかった」

 「一夜限りの作品で本当に良かったですね」

 「他の人がどう思うかはわからないのですが私は好きでした」


など、手放しで絶賛してくれる意見は見られなかった。舞台の出演依頼はもう来ないだろうし、今後は一人芝居の方にも少なからず影響が出てくる。円と組んでいた時の失敗は観客にはわからない範疇で済んでいた。しかし今回は明らかな失敗であったのでその他のスタッフたちにも影響は少なからず波及してくる。個人として制作の立場も取り仕切っているので舞台の外側に関する部分はなんとでもなるが、舞台美術、照明、音響、衣装の力を借りることができなくなるのは大きな痛手である。スタッフワークの評判まで落としかねない程の出来であった。影は一夜にして俺から多くのものを奪っていった。

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