第12話「密着」

 プライベートと称して食事をしていた段階でわかっていたことではあるものの、彼から彼自身の言葉を引き出すことはできなかった。皆が想像するような回答、月並みで当たり障りのない「本居翔」像しか映し出すことはできなかった。もちろん他の媒体では取り上げられていないラジオならではの情報も引き出すことはできたものの、結局のところそれは現行の舞台の裏話のようなものであり、折口円と活動していたプレイングについての新規の情報を得ることはできなかった。それでもラジオパーソナリティとゲストという関係だからこそ前進した部分もあった。


 お金儲けのラジオパーソナリティ、言い換えるとパパラッチのような存在ではありたくない。何もスキャンダルを見つけ出すために事前の接触をした上でのラジオ出演依頼を出しているわけではない。ラジオ番組はあくまでも手段の一つとしてしか考えていない。


 友人のような関係になったゲストと全国放送という緊張感のある中で向かい合う。そこから導き出される言葉は全国の人間が証人になるので発言は慎重なものになりがちである。公私のオンオフとでも言うべきか、表と裏の切り替えとでも表現するべきか、どちらが適切かはわからないが、二点からのアプローチをすることでその人物の価値観を見出すことができる。文化の紹介、文化人の自己発見の場、さらにそういった内面を私自身が知ることに大きな喜びを感じる。ラジオ番組が全てとは言わないものの、最先端の人物を知るのは非常に興味深い。


 そんな立場から見ると今回の番組はプライベートという観点からもでもラジオの電波の上という観点からも無難な回答しか得ることができなかった。つまり彼の抱える闇はそんじょそこらの闇の深さとはわけが違うのだ。大抵のゲストはこの二点からのアプローチである程度の部分までは探ることができる。その人の培ってきた文化的土壌や価値観の形成の原点を掘り当てることが多々ある。しかし本居翔の背景は何一つとして掴むことができなかった。


 折口円との今の関係、解散前の話し合い、今後の目標。全て模範解答でありながらも視聴者を喜ばせるものではなかったし、私自身固い殻にぶち当たったという鈍い感触しか得ることができなかった。


 本居は折口と今は連絡を取り合っていない。今の本居の脚本とプレイング時代の折口の脚本が似ていることについては大学時代の序盤からずっと一緒にやってきたのだからむしろ自然なことである。自身の作品に出演したことが今の一人舞台に繋がっているし、折口の演出家としての在り方にも少なからぬ影響を与えていてもおかしくはない。見切りをつけられたという見方をされることについてはその情報の受け手が自由に考えれば良い。


 根本的に全て自分たちが新しい次元に進むための方策の一つを取ったまでであり、後悔はしていないし全てを未来への糧にする。ラジオ番組を聞き出すことができたのはそんな内容であった。


 前向きな姿勢はある種このラジオ番組のゲスト全員の共通項であるのでさして珍しい話でもない。むしろ意欲がないものが文化の最前線を担えるわけがないのだ。しかしこうまでして奥にあるものを隠しているケースは未だかつてない。時代を先取りできる人間はある部分ではストレートでありながらもどこかに屈折したものを抱えている。それは歪んでいるという意味ではなく、何かにしがみつくための棘であったり凹みであったり、そういった類のものだ。本居も確実にそういったものを持っているはずなのに発言は全てつるつるしてつかみどころのない真っ直ぐなものであった。そこを掘り下げることにこそ私の使命がある。何もラジオ番組で公表させたいわけではない。世間様の目に晒すということも目的ではない。私と彼との間の秘密という範疇で構わないのだ。それでも彼の奥行はベールに包まれている。リスナーからの評判は良く、彼が想像以上にフランクな人間で好感を持つことができたという感想が目立ったが、私の到達したかったのはそんなミーハーな情報などではなかった。


 こうなると彼にもう少し別の角度から接近する以外の道はない。そこで今の内容を一通りラジオ番組内で伝えた後にこのような提案を持ちかけた。


 「雑誌かなんかの持ち込み企画として、私を一定の期間密着取材させてくれないかな」

 プライベートやラジオという関係ではなく、彼の真の領域である演劇という側面から近づいたら何か見えてくるものがあるのではないか。そして私の目指しているものに大きくアプローチできるのではないか。そんな期待を込めた願いに対してはあっさりとした答えが返って来た。

 「一人芝居の稽古をご覧になったところでどこにも面白味がありませんし、雑誌の企画として成立しないでしょうけど、可能な限り協力しますよ。是非次回公演の稽古場から本番までご一緒して下さい」

 こうして本居翔との一ヶ月の密着生活が始まった。

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