第11話「番組」

 ゴールデン枠のラジオ番組に出演することになり、そこに大きな展開が待ち受けていた。

 

 ラジオはトークが全ての世界なのでテレビよりも鋭く、そして新鮮かつ刺激的な情報が発信される場所でもある。俺が受験生の頃に最も良く聴いていたが、大学に入り演劇の世界に足を踏み入れてからも脚本を書く際にときたまラジオを付けることがあった。テレビのように洗練された雰囲気がないだけにそこで展開されるトークには他では味わうことのできない怪しげな魅力があったし、その世界観を脚本に落とし込むこともあった。日常で展開される会話にオチやヒキが加わったものがラジオの特徴だ。


 だからこそ演劇向きなのだ。会話の内容や喋り手の特徴を真似するのではなく、そこで繰り広げられる空気を脚本の世界に移す作業はとても楽しい。どれだけ再現できるか、どれだけ聴き映えのする台詞として誕生させられるかが腕一つにかかっている。もちろん舞台に上がってからは全て役者任せになってしまうし、演出の付け方に大きく左右される部分はあるものの、全てのベースとなるのが脚本であり台詞である。その台詞を生み出す源泉の一つがラジオであった。テレビや映画からも学ぶべきことはあるが、ラジオにはラジオにしか生み出すことのできない世界が広がっている。人と同じことをしてもつまらないのだから、人が引用しないような世界の空気を提供していくと人とは異なる味が出る。一人芝居が人気を博した頃、そんなラジオにお招き頂いた。


 その番組はゴールデンの枠にも関わらず人気の俳優の宣伝の場や音楽の発信の場とはなっておらず、ひたすらに文化を発信することに特化していた。ラジオの出演自体は初めてだが、このパーソナリティとは何度か食事に出かけたことがある。昼間のニュースのコメンテーターとしても有名なタレント兼ライターで、連続ドラマの話数限定のゲストとしても出演していたりと様々な顔を持つ人物なのだが、根本的には文化人類学者なのだという。どこかの研究室に属しているわけではないそうなのだが、文化研究家のタレントとして日々新鮮な情報を捕まえている。本人曰くライターこそが本業とのことであるが、一見すると色物のタレントにしか見えない。しかし実際に本人に触れてみると書き物畑に属している人物であることが良くわかる。

彼の情報収集の一環としてプライベートの時間を利用し俺の一人芝居を観に来てくれたことが関わり合うきっかけとなり、その縁があって彼のラジオ番組に呼ばれることになった。


 基本的にこの番組のゲストは事務所の関係で呼ばれるのではなく、彼が独自に発掘してきた人物のみ招かれているのだという。要するに彼が実質的なプロデューサーの側面も兼ね備えているのである。先週の放送ではその筋では有名な陶芸家が呼ばれていたし、その前は名の通った小説家が呼ばれていた。売り出し中の男性アイドルが呼ばれることもあれば、音大出身で個性的なレッスンを展開するピアノ教師が呼ばれたこともある。全て彼の息のかかった人間だ。だからこそどの回も鋭い質問が飛んでくる。仲が良いからこそぶっちゃけられるのだ。そんな空気があるし、俺の時も実際にそうだった。しかも生放送だからこそのこぼれ話も聴くことができたし、またこぼれ話をさせられてしまう羽目にもなった。結局、前もって個人的に考えておいた舞台のこぼれ話を準備していたので放送事故だけは起こさずに済んだ。


 俺はメディアに登場することが殆どないし、肉声をお届けすることもなければ、前述の通りラジオに出演するのも初めてだったのである。加えて劇団の解散についても具体的に言及されたことがないので、まず間違いなくこのラジオでその手のプレイング関連の質問をされることになる。


 動員数の多い公演を手掛ける劇団の突然の解散について何があったのかを知りたい人間は多いことだろう。しかし俺はなんと答えれば良いと言うのだろうか。どれだけ裏を突いたところでお互いの道を究めるためという回答しかできない。円と膝を突き合わせて解散について深く話し合ったことがないので、我々の間ですらこの解散の意味を分かりかねている部分がある。お互いがお互いの道を深めていくということについては既に世の中にコメントとして残しているので今更それをなぞるようなことを言った所で何も進展がないし、ラジオ番組的には面白味がない。円とのリアルタイムでの交流もないので、二人の関係については特にこれと言って話すこともない。熱心な視聴者の方には少し残念な時間になったことだろう。

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