第10話「二年後」

 一人芝居を初めて二年が経過した。規模の関係上、あまり大きな会場での公演は開けなかったが、回をこなすごとに観客の数は増えチケットの争奪戦が激しさを増していくようになっていった。そうなると都市部だけでの開催では動員に限界があったので地方を含む全国ツアーも行った。


 一人芝居の特性上、役者同士の連携を考えなくて良く、自身の演技を磨き続ければそれでことが足りるし、体調なんかも自身のことだけに気を遣っていれば何も問題はなかった。会場の予約から宣伝まで全てを自身でプロデュースすることについてはずっと制作を取り仕切っていたので今更手を煩わせることもなかったし、演技自体もそこまで不安視せずとも良かった。円と組んでいたときの客演の役者たちの演技を観て自然と演じ方を学んでいたので後はそれらをトレースするだけで済んだ。制作兼役者として陣営のトップに立ち、他のスタッフは各現場で今までの伝手を利用して雇い入れて的確に指示を与えることで作品はより洗練されたものになる。

 その上でその都度ちょっとした手間と工夫を施すだけで観客が観客を呼び、一人芝居の評判はうなぎ上りに上がっていく。例えばネット戦略なんかが主な戦法であったがこの場では深く論じないでおく。


 それでも一度だって“影”が現れることはなく二年が経った。それでも奴を忘れることは一度もなかった。舞台稽古を誰よりも頑張っていたのに突然姿を現さなくなった。そこを発端とする軋みから円ともチームを解散することになったし、その後は円と一度も会っていない。


 演出として一本でやって行くことにした円はどこの劇団でも重宝されたようで、様々な団体から引っ張りだこになっている。特に商業系の即席のメンバーで構成されたような団体での演出が目立つ。合わせて舞台稽古の前準備として売れっ子のテレビ俳優から注目されつつあるアイドルまで、色々な種類の役者へのワークショップ形式での演技指導を行っている。そういったワークショップも円からすれば演技指導ではなく作品作りの一環ということになる。円はどこでも使い回せるような無難な演技指導は行わない。作品をより練ったものにするべくこの作品のためだけの演技指導を行う。しかしのそのワークショップの前後で劇的に変化する役者が大勢現れた為、このワークショップを目当てにして舞台出演の希望を出してくる役者や事務所もあるくらいだ。他の舞台で使える技術は刷り込まないのにも関わらず、円の演技指導から何かを掴んだ役者は他の舞台でも声がかかるようになったり、映画やドラマに出演する頻度が増したりと、間違いなく出世をしている。劇団のトップという立場でなくても活躍できる場所はいくらでもある。一方で雑誌へのコラム記事の寄稿は俺と一緒に組んでいたときから続いているようだが、どうやら脚本は一本も書いていない様だ。脚本を書かなくなったことについての突っ込みはありがたいことに二年経った今でも受けていないようで、私まで安心してしまう。

 これらの情報は全てスタッフや役者たちから聞かされている。今後また一緒に芝居を作ることになったとして、リアルタイムの円の情報があることによってピュアではなくなってしまう部分も出てくるはずで、なるべくなら情報ごと距離を置いておきたかったのだが、どうにも周りがそれを許してはくれず、自然と円の動向が入ってきてしまう。勝手に入ってくるものについては仕方がないと割り切っている。円の情報というよりも演劇界の情報が入って来たことにしてまぁ良いかと諦め半分で受容している。

 そうは言っても円ともう一度組むことができるのかは現時点では何も見えてきていない。さらに影が再び俺の中に現れる日が来るのかもわからない。俺の知らないことが多すぎるが、自身の活動が活発になってきているので細かいことに気を取られているわけにもいかない。

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