第13話「圧倒」

 当然ながら、折口からの連絡はない。もしかすると二人の間にはまだやり取りがあり、お互いの演劇の手法に口を出しあっているのではないかという懸念もしていたが、少なくとも仕事の部分については独立した形を取っているようである。つまり、この二年間の彼の仕事は独力で成し遂げたものであり、また折口円の側も全て彼自身の才能によるものであったということになる。この二つの才能が結びついて一つになっていたということ自体が奇跡であるのに、二つの才能が離れても機能しているというのは非常に素晴らしい。夢や希望といった領域を超えた先にある「野心」という言葉こそが彼らの抱くものであるのだろう。


 大抵どちらか頼みになっていることが多く、分裂した場合、片方が成功し、もう片方が失敗するというケースはどのようなコンビでも見られるが、彼らの場合は二人ともが完全に自立していたので両者共に成功を収めている。彼らは自身の足でしっかりと立っていたのだ。


 そして本居は芝居以上に制作としての動きに見応えがあることがわかった。彼のこだわりはすさまじい。初期の打ち合わせの際からその細やかな気配りが光り出している。


 観客を喜ばせる為ならどこまででも頑張るぞという覚悟を垣間見ることができる。どんな地方でもどんな会場でも行ってやるぞという覚悟だ。もちろん大きな会場でも一人芝居で満たしてやるという構えができているし、収容人数が少なくどんな年代の人が集まるか想定のつかないいわゆる僻地の会場でも必ず客席を湧かせてやるという姿勢でいる。


 それでいて稽古自体は平凡だ。完成されたものを一通り確認している風で、打ち合わせの時に見せた熱がガンガン伝わってくるという熱いものは感じられない。だからと言って彼が手を抜いているわけではない。稽古段階でニュートラルな演技を重ねることがどんな規模の会場に行ってもクオリティを変えずに演じるためのなによりの下準備になるのだ。だからこそ力を極限まで抜いた状態で稽古場でのチューニングをしている。素の演技に見えるものの、良く見ると細部にははっとさせられるものがあり、既に稽古の段階で彼の演目が完成されている。


 本居の表情は稽古場の内外で常に真剣そのものだ。折口とチームを組んでいたときから注目はしていたものの、一人になってからの方が勢いが増している。


 しかし彼の真髄については中々触れることができない。文化を発掘し、発信するものとして掴みどころのない壁があると手をこまねいているようでは完全に失格だが、一人の人間として純粋に圧倒されてしまうというのもまた事実なのである。

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