第4話「懇願」

 映像にはのそのそと動き回る俺が映り込んでいた。その俺はノートパソコンの電源を入れ、何かを必死に読み込んでいる。画面は良く見えないが、恐らく新作の脚本に目を通しているのだろう。満席の誉田劇場という巨大な怪物に飲まれないよう、必死にもがいた結果、夢遊病のような症状が発症してしまったのだろうか。パソコンを見つめてから30分程経った時、突然画面の中の私はパソコンを閉じ、カメラに向かって歩き出した。

 「よう、俺」画面の中の俺が話しかけてくる。

 ここでカメラの電源が落とされる。


 (初めましてだな、本居翔)GoProの画面は暗くなっているのに声だけは聞こえてくる。

 (俺はお前の中にいて、直接お前の心に語りかけている)

 「お前は何者なんだ」慌ててその声の主に返す。

 (わざわざ声に出さなくてもお前の思考を読み取ることができる。試しに心の中で返答してみろ)

 (何が目的でパソコンを覗き込ませたんだ)恐る恐る声の主に思考を飛ばす。

 (その内わかる。物を動かしたのはわざとだ。誰かが侵入している気配があればお前は確実にその証拠を掴むために隠しカメラを設置する。そして俺を見つけ出す)

 (動かされているのは物ではなく俺の体だけどな)声の主に対して悪態をつく

 (確かにそうだ。拝借しているのは何よりもお前の体だ)声の主は続ける。

 (俺がお前の体を動かしている間、お前の肉体は起床時と変わらない体力の消耗をするから、眠っていないのと同じ状態になる。当然、俺の思考はお前の精神にリンクしているから俺の思考もお前の体力の消耗に比例して弱くなる。それでもお前を動かす必要があったし、これからだってある)

 (どういう意味だ)意図が一切読めず漠然とした質問をしてしまう。

 (お前、本当は舞台に立ちたいと思っているだろう。円のことを羨ましく思っているだろう)声の主が挑発的に言う。

 (俺はただの脚本家だ。表現活動は活字の上だけで十分だ)

 (そう考えていないとバランスが取れないもんな。演出としては円を超える能力がないことはわかっているけれど、役者としてなら脚光を浴びることができるし、結果 次第では円のカリスマ性を上回ることができるかもしれない)

(円とは共存の道を歩んでいる。別に張り合おうなんて思ったことはない)率直な感想を口にする。

 (お前の願望が俺を生み出した。役者として台詞を覚え、役者として自己表現をする。これからもずっとというわけではない。一度で良いから表舞台に立ってみたい。 それくらいのことは誰でも思うだろうが、お前の場合はあまりにも裏方歴が長いからその思いが誰よりも強くなったんだろう。俺がここにいる理由ははっきりしないが、俺がなすべきことはお前以上にわかっているつもりだ)

 (お前のなすべきこととはなんだ)

 (一度役者として舞台に立つことだ)声の主は言い切った。


 朝から窓の外でカラスが鳴いている。ベランダではなく、そしてそんなに遠くもない場所で騒ぐ声がする。

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