第3話「映像」

 帰宅してすぐにGoProを確認してみる。映像の中で家具や小物は何も動いていないし、もちろん誰かが映っているなんていうこともない。それもそのはずで、部屋には何の変化もない。今日は訪問がなかっただけか、それとも俺が日中に帰って来ることを恐れてやって来なかっただけなのか。はたまた昨晩、既に目的を果たしたのか。実害がない分、手の施しようがない。


 ここからオーディションの募集終了までの二日間は脚本の完成に向けた執筆活動以外にこれといった用はない。対談や雑誌への掲載については全て円が担当しているし、受け答えや特筆するべきポイントについても定期的に打ち合わせをし情報の鮮度のアップデートを行っている。あくまでも代表は円であり、俺はその後ろで裏方に徹する地味な役割ということで劇団の体裁を保っている。劇団としての目標から強み、弱み、などのポイントまできちんと共有しているので円が方針から大きく外れた情報を発信してしまうことはない。雑誌への投稿についても脚本とエッセイはスタイルが異なるということで通しているので文体が異なっても関係がない。そもそも円は俺の文体をマネしてくれているので大きく外すこともない。


 オーディションは七日後に控えている。百名近くが集まるオーディションは応募者全員に参加してもらう。書類での当落はない。

 円と俺の目に触れ、その中から五名の役者を選ぶ。性別や年齢は関係がない。作品のイメージに近い五名に一ヶ月の稽古をつけ、年度末の公演に備える。募集自体は芸能プロダクションを重点的に行ったが、中堅劇団にも直接話を持ちかけている。芸能プロダクションの役者は質が良いし金銭的な援助も大いに期待できる。一方で中堅劇団にいる無所属扱いの役者は珠玉混ざっているし団体からの援助を殆ど見込めはしないものの、芸能プロダクションには拾いきれない程の大粒が紛れていることがある。洗練はされていなくとも内なる力を秘めた役者が一人同じ舞台に立つだけで全体のバランスが巧みに取れることがある。こればかりはオーディションどころかゲネプロの段階でもわからないことも多々あり、本番で突然輝きを放つこともある。お金と時間を使って観に来てくれているお客さんに対するプレッシャーがそうさせているのだろう。一か八かの博打であることは否めないものの、舞台の醍醐味はこういったところにこそ潜んでいるとも言える。


 当然ながら脚本を書き、演出の構想を練る私にも同様のプレッシャーがかかる。何度も経験したとは言え、観客の前に有料のコンテンツを提供するというのはいつになっても慣れないものだ。わくわくした気持ちがある反面、とんでもない責任が両肩にのしかかってくる。


 そんな考えを頭の隅に控えながら、脚本を書き進め、目の疲労が溜まったところで時計を確認すると二十三時であった。GoProを回し、眠りに就く。

 朝起きてGoProを確認すると思いもしない人物が映っていた。

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