第2話「稽古場」

 新しい作品作りに向けた環境作りはいつも稽古場から始まる。最初は大学の空き教室を借りることで臨時の稽古場としてきたが、規模が大きくなるにしたがって有料の貸しスペースを借りるようになり、次第に劇場付の稽古場を借りることができるようになり、徐々にプロと同じ扱いを受けられるようになって行った。


 学生の内から公演の回数を重ねるごとに認知度を高めて行ったこともあり、就職活動に勤しむこともなく演劇活動に集中することができた。大学を卒業するまではセミプロという扱いから抜け出せず、学生という枠の外で活動している役者を呼ぶのには骨が折れたが、卒業と同時にプロという認識を得ることができ、プロとして活躍している役者が俺たちの劇団で演じてくれる機会が格段に増えた。


 今は新作のオーディションの募集が間もなく締め切られるという段階で、今日はその新作の事前打ち合わせのために稽古場にやって来ている。役者が揃っていない打ち合わせの段階でも、数ヶ月の稽古期間のことに考えを巡らせるためにわざわざ稽古場を利用している。


 そして打ち合わせはいつも俺と円の二人だけで行うことにしている。それは毎回役者をお招きする形態を取っていて在籍している団員が二人だけの劇団であるためでもあり、我々二人の間のみで共有している秘密を守るためでもある。


 「今回は少人数の芝居にするつもりだ。登場人物はわずか五人。この人数で誉田劇場を満員にする」円に説明しながら作りかけの脚本のデータを開いたノートパソコンを手渡す。

 「翔はいつも思い切ったことをするな」脚本のデータを満足そうに眺めながら円が言う。

 「翔の脚本のおかげで舞台はいつも大好評だ。新聞社の年間最優秀賞を獲得できたのも翔の力があってこそだ。翔の脚本、プランニングとブランディング、制作としての根回しに頼りっぱなしで本当に済まない」いつものように円が申し訳なさそうに話す。

 「俺はお前の演出としてのカリスマ性に賭けることにしたんだ。初対面の時に円は俺の脚本を活かすことができる人間だと確信した。学生の内の話だったら脚本を渡して作・本居翔、演出・折口円という風にしていても問題はなかったと思うが、俺はもっと先を見たかった。だからこそ全てを円に託すことにした」俺もいつもと同じようなことを口にする。


 円と出会った瞬間に卒業後もプロとしてやっていく筋がぱっと浮かんだからこそ、脚本も演出も全て折口円というカリスマが創り出したことにしたかった。中途半端に俺が嚙むよりも折口という一つの個性が単独で生み出したことにした方が世の中の評判は良くなる。細見で地味な俺が考えたということにするよりは、ガタイが良くそれでいて人を引き付ける強烈なオーラを持ち合わせている折口の言葉、折口の発想ということにした方が世間に受ける。要するに俺はゴーストライターとして作品の中枢に関わりつつ、折口の振る舞いや演出の付け方に的確な方向付けをする役割でに徹するべきであったのだ。俺の発想を存分に活かせるのは折口しかいないという確信があった。


 そんな俺は脚本を書いた後、手持ち無沙汰で何もしないというわけではない。劇場との交渉、チケットの販売、そして今回のようなオーディションの公募など作品には直接関わらない部分でのブランディングの確立に携わる制作のチーフとして表の顔は通している。

 脚本家と演出家と制作統括の三者を俺と円の二人でこなす、そんな劇団が俺たち「プレイング」だ。


 だからこそ今朝の家の様子が気になる。脚本が持ち出されたところで大きな問題にはならない。脚本を盗作され他所で先に発表されてしまうようであればまた別の作品を書けば良い。アイデアなんて次から次へと湧いて出てくる。そのアイデアを具現化し、折口のカリスマ性に少し味付けをするだけで作品としてのクオリティは他に追随を許さない程に上質なものになる。しかしあまり良い気味ではないというのもまた事実だ。


 円は今回も満足そうに未完成の脚本に目を通している。円が脚本を読み終え、パソコンから完全に目を離した段階で、今回の舞台のイメージからそれぞれの役者のキャラクター付けをまでを説明していく。全ての指示は円の口から役者やスタッフに発信されるので、そのニュアンスを完全に共有しなくてはならない。今後のオーディションでの選考基準も全てこの場で付け合わせをする。もちろん全てが俺の趣向で決まるわけではない。円からも意見を得た上で、二人で最終的な方向付けをしていく。俺が叩き台を掲示して、円が補足していくというのが恒例の流れだ。やはりカリスマ性を持った人間の発想は違う。円が俺を尊敬してくれているように、俺もまた円を尊敬している。

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