打ち砕かれたすべての奸計

 王族船に乗っていたディーヴィンの王族と大将軍、そのクルーたちは全員がサルンザレクに収容された。球体はディ・キガイア・ザルモスが確保し、サルンザレク内部で解体することになる。それが完了するまでの間は、この宙域で連邦の船団がディーヴィンの船団を監視する予定だ。


『これは……』

「なるほど、道理で」


 ぞろぞろとサルンザレクに降りてきた王族たちを見て、カイトとテラポラパネシオは事態に気付いた。必死に球体を守ろうとしたわけだ。


「君たちの本体があそこに収容されているということか。わざわざ機械のボディに意識を移した理由を聞いても?」

「……連邦の外に出回っている蘇生装置は旧型だ。再生された肉体は劣化しやすく、徐々に耐用年数も短くなる」

「事実です?」

『事実だ。とはいえ、連邦にある最新の蘇生装置もそう違いはないよ。肉体情報の保存が完璧かどうかの問題じゃないかな』


 変わらないものなどない。滅びのない生命もまた。テラポラパネシオだって、それぞれを構成している群体は死んで生まれてを繰り返している。自我の連続性はあったとしても、かれらだって最初に知性を得た時の個体は既に完全に造り替わっているのだ。

 連邦で保存している肉体情報はより完璧ということらしい。肉体の死後は保存された情報を元に肉体を再生し、そこに一定の頻度で同期された記憶を植え付ける。肉体と記憶の保管方法が別なのだ。その辺りは残念ながらディーヴィンには再現出来ない技術らしい。


「でも、蘇生装置を使っていないわけではないんだろう?」

「無論だ。冷凍睡眠していると言えど、本質的な劣化は止められん。引き延ばして引き延ばして、限界が来たら再生させている」


 そんな行為に意味があるのか。カイトにはよく分からない理屈だが、ディーヴィンはそれを大事だと思っているのだ。特に王族は。

 ディーヴィンの総数は億単位にのぼる。球体には億単位の人間を収容できるような大きさはない。つまり、球体に保管されている本体は王族や貴族と呼ばれる連中のものだけ。


「あんた達だけが逃げ延びるために、ディーヴィン全てを囮に使おうとしたわけか。随分と高尚なことだね」

「貴様には分からんだろうな。『始まりの十五人』の直系さえ残っていれば、ディーヴィンは何度でも復活する。だからこそ下々は我々を逃がす役を喜んで買って出るのよ」

「へぇ」


 言い出したのはヴォルパレックではなかった。当のヴォルパレックは余計なことを言った貴族を睨みつけている。その言葉から、ディーヴィンはそうなるようにデザインされた種族だということが分かった。

 解体を始める前に、確認しておく。


「本体に戻ることは出来るのかい? 出来るなら戻っておいた方がいい」

「何故だ?」

「裁判の時に、彼らに悪戯されたくはないだろ?」


 ちらりと視線を背後に向ける。こちらに向かって全速力で駆けてくる人影。懐に刃物でも隠し持っているような仕草。

 カイトが何かする前に、サルンザレクのスタッフがその人物を押し留めた。機械知性のパワーには、改造を受けていない地球人では抗いようがない。


「離せ! 一人でいい、殺らせろォ!」

「勘弁してくれ、カーター少尉。落ち着きなよ」


 生身でそれだと説得力がないではないか。

 せめて脅しのために鬼神邪キッシンジャーχ(カイ)で乗りつけてくれればハッタリも効くのだけれど。


「ミスター・カイト! 頼む! 一人でいいんだ!」

「その件は、僕と彼らの話が終わるまで待っててくれないか。悪いね」


 それはダンの最大限の譲歩なのだろう。その感情の爆発を眺めながら、ヴォルパレックに再度問いかける。


「で、どうする? 裁判の間、僕たちは彼らを気にしてはいられないけど」

「卑怯な!」

「卑怯、ねえ。降伏した後、あの球体だけどこかに逃がして、折を見て本体に戻るつもりだったんだろ? 何を根拠に卑怯とか言うのさ」

「ふん……」


 ヴォルパレックの首が、不自然に落ちた。それを見て、他の王族と貴族の何人かも全身から力を抜く。全員ではないのは、球体の内部に本体を保存しているのがその数人だけということか。

 球体がほのかに発光し、熱を放ち始める。急速解凍という単語が脳裏をよぎる。

 ちらりとテラポラパネシオに視線を向ければ、分かっているとばかりに触腕を振ってきた。


「これでいいのか」


 中から出てきたのは、当然ながらよく似た見た目のディーヴィンたちだった。それなりに機械のボディは美化されたのか、何となく見すぼらしい。特に翼の様子は顕著で、彼らの背中にある翼は他の貴族らと比べてもだいぶ小さかった。

 と、ダンを追いかけてきたヴェンジェンスのクルーたちが追いついてくる。ダンとは違って武器のたぐいを隠してはいないようだが。


「おい、ダン! お前ら、ダンを離せよ!」

「ナガサキ主任。ならカーター少尉から凶器を取り上げてもらえるかい」

「凶器って……ダン?」

「ちっ」


 ダンが懐から大振りのナイフを取り出した。私物だろうか。だが、身体改造を施されたディーヴィンにはこの程度の凶器では大した怪我はさせられない。 


「本気でやりたいんだったら、鬼神邪に乗ってくればよかったんだよ」

『いや、それは困るよカイト三位市民エネク・ラギフ。さすがにそれは我々が止めていたと思う』

「あらま」


 テラポラパネシオの困り声が頭上から降ってくる。さすがに鬼神邪で来られると宇宙クラゲが動くことになるか。

 と、トオルはその声に初めて頭上の生物に気付いたようで、視線を上げた。どうやら月面開発事業団の面々に配慮していたらしく、ある程度近づくまで気づかれないように自分の姿を隠蔽していたらしい。


「く……海月くらげ!? なんで海月がここに」

『あっ』

「おや」


 トオルの口から漏れた言葉に、テラポラパネシオが反応する。カイトもまた。

 まるでダンスするように、宇宙クラゲが頭上をふよふよと回遊し始めた。これは間違いない。喜びの感情表現だ。


「……なあ、ミスター・クラウチ?」

「何か?」

「宇宙にはああいうのがいるのか? その……空飛ぶ海月が」

「いるいる。たくさんいるよ。あれで僕の知る限り、この銀河で最強の生物」

「はぁ!?」


 ダンもいつの間にか空中を呆然と見上げている。宇宙クラゲリアリティショックが役に立つ瞬間が来るとは。

 ともあれ、9th-テラの周辺で超能力の反応が出た理由も分かった。


「なるほど。皆さんが動く理由が出来ましたね」

『そうだな、カイト三位市民。不退転の覚悟はいま決まったとも』

「ふむ……」


 カイトは視線をテラポラパネシオからダンたち、そしてディーヴィンらに向けた。今は宇宙クラゲのお陰で落ち着いているが、ダンとヴェンジェンスのスタッフは目の前のディーヴィンの命を諦めないだろう。一方で地べたに座り込み、拗ねた視線でこちらを眺めてくるディーヴィンたち。

 うむ、収拾をつけられる方法が思いつかない。

 取り敢えず出来ることから済ませた方が良さそうだ。カイトは他の個体に召集をかけているであろうテラポラパネシオに声をかけた。


「取り敢えず、場所を移しませんか」

『む? どこへだねカイト三位市民』

「彼らの地球があった場所へ。ディーヴィンも全員連れていきたいんですよね」

『ふむ? そんなことをする意味があるのかね』

「もちろん」


 少なくとも、今のこの混沌とした状況を交通整理することは出来るだろう。

 カイトの考えに同意したのか、あるいはカイトの言うことであれば尊重すべきだと思ったのか。多分後者だろうが、宇宙クラゲは了解したと軽く請け負った。


『では、我々の個体の集合場所もそちらにするとしよう。宙域は前に船団を送った場所だったね』


 話が早くて助かる。

 どうやら表ではディ・キガイア・ザルモスが次々と集結しているようだ。テラポラパネシオの転移特有の圧がかかるのを自覚しながら、表に出たらどんな景観なのだろうと多少不安になるカイトなのだった。

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