いつかのための、今を知る時

目を背けたくなるほど残酷な現実

 チッバヘに対するエモーションの舌鋒は鋭い。

 カイトはおろか、公社の誰もが言い出せなかったことをすっぱりと言い切る。


「アグアリエスの皆さんは、極めて多い回数の世代交代を重ねました。重ね過ぎたのです。結果としてその船の中で生きる生活に特化し、そこから出ての生活を行う能力が保持されていません」

『そんなことはない! そんなはずが』


 翻訳機はチッバヘの言葉を学習し、無機質に翻訳の精度を向上させている。もう連邦公用語として違和感なく聞き取れていた。

 だが、チッバヘはエモーションの言葉を信じようとはしなかった。


『そんなことはありえない。私が管理しているのだぞ。直前の世代との能力差がつかないよう、監督は常にしている! 世代交代によって発生する能力の低下は、親世代の1000分の1以下で保持しているのだ』

「何世代、繰り返しましたか」

『なに?』

「あなたの記録に残っているだけで、何世代の世代交代が行われましたか!」

『何世代……? 何世代……』


 チッバヘの様子が変わる。エモーションの問いに、どこか上の空といった様子になったのだ。カイトはふと恐ろしいことを思いついて、エモーションに小声で問いかけた。


「エモーション。まさかとは思うけど」

「はい」

「君はこれを、作為的な事件だと思っているのかい」

「その通りです」


 エモーションは小声で、だが明確に断言した。

 チッバヘとの通信が繋がっている状態では、詳しくは聞けない。いつ通信を切ろうかと逡巡していると、チッバヘが悲鳴じみた声を上げる。


『わ、分からない。確かに直前世代の1000分の1以下の能力低下に抑えているのは間違いない。だが、その前の世代の記録から遡ることが出来ない!』

「オペレーター・チッバヘ。落ち着いてください。それでは別の確認をします。アグアリエスの皆さんの身体能力の初期値を記録していますか」

『初期値? しょきち……』


 再びだ。記録を確認しているのか、確認出来ないことに混乱しているのか。あるいはそこに疑問を持たないよう、思考制御を受けていたのかもしれない。そう思わせるほどの異常な様子。

 エモーションはチッバヘからの返答を待たなかった。


「オペレーター・チッバヘ。答えられないならば確認します。この計画を主導した者の名前を記録していますか」

『そ、それは答えられる。フルギャドンガ博……せ……』


 その名前をチッバヘが呟いた途端。

 ぷつりと通信が途絶えた。


***


 再度の通信が試みられたが、反応が返ってこない。

 五度目のチャレンジが失敗に終わったことで一旦区切りとして、カイトはエモーションと現状のすり合わせをすることにした。


「要するに地雷を踏んだってことでいいのかな?」

「はい。もしも種族の生存能力を維持するのであれば、初期値を記憶させないわけがありません。オペレーター・チッバヘは私の問いでその矛盾に気付きました。そちらに思考が向かないように調整されていたのでしょう」

「それをエモーションが敢えて直面させたと」

「はい。これまでにも、何度かそこに思考が及んだことはあるはずです」


 つまり、記憶と記録の消去はチッバヘの容量が不足した場合にのみ行われるわけではなかったのだ。

 チッバヘがこちらからの通信に応えないのも当然だ。現在進行形でデータの削除が行われているのであれば。それどころではないだろう。


「特定の思考に至った場合、初期化を行うってところかな」

「私の推測が正しければ、という条件がつきますが」

「いや、この状況だ。エモーションの考えを信じるよ。フルギャドンガ博士とやらの名前を確認したのは?」

「おそらくこの計画は、アグアリエスの移住計画などではありません」


 やはりか。違和感は常にあった。

 自我や論理的思考の行えなくなった、胎児状の生物。それを平然と統率して疑わない機械知性。落下した後、風化するに任せたということはチッバヘのような機械知性が、機能を終えたということになる。

 連邦に所属している惑星にも落下したことがある。調査したこともある。それでも機械知性の痕跡が発見されなかったということは、意図的に破壊されたと見るべきだ。跡形も残らないほどに。


「フルギャドンガ博士は、アグアリエスを極めて悍ましい方法で滅ぼそうと画策していたのです」


 カイトも同意見だ。そして、その意見を自分で思いついてしまった自分の性格に、ちょっとばかり嫌な気分になるのだった。


***


「その話を信じるのであれば、宇宙マグロ流星群は美しく見守る天文現象ではなく、徹底的に排除するべきテロのようなものだな」


 カイトとエモーションの報告に目を通したネザスリウェが、吐き捨てるように言い捨てた。宇宙マグロ流星群は確かに当初はアグアリエスへの殺意で生み出されたのかもしれない。だが、結果として他の惑星の生態系にも甚大な悪影響を与えているのだ。

 自分の星を見捨てなくてはならなかったネザスリウェには、不愉快極まりない話だろう。


「うちの社長にもだが、連邦議会にも上げるべき事案だな。連邦はキャプテンに任せても構わないか?」

「ええ、もちろ――」

「それは構いませんが、まだ推測に過ぎません。議会への報告は確証を得てからにすべきかと考えます」


 ネザスリウェの言葉に応じようとしたところで、エモーションが水を差す。

 道理ではあるが、少なくともその原因は遠い昔に死んでいる。確証を掴むのは難しいのではないだろうか。


「確証か。どのようにして掴むつもりかね?」

「それほど時間はかからないと思いますよ」


 エモーションは気負うでもなく、平然と答える。カイトにはどういう方法なのかは分からないが、エモーションが出来るというのだからその時を待つだけだ。


「ネザスリウェ支社長。僕はエモーションが確証を掴んだところで連邦に連絡を入れたいと思いますが」

「キャプテンがそう言うのであれば、私も構わない。今は早く不十分な報告よりも、少し後でも確実な報告が良い場面だからな」


 自身の不快を飲み込んでも、カイトに応じてくれるネザスリウェ。それはきっとカイトへの厚意なのだろう。感謝して頭を下げる。エモーションは少しばかり驚いたようだった。ネザスリウェを納得させるための理論武装を整えていたのだろう、口を開いたエモーションから出てきたのは純粋な疑問だった。


「信じてくださるのですか」

「キャプテンは君を信頼しているようだ。ならば私も信じる。それだけのことだよ」

「非合理です」


 ネザスリウェの回答に、エモーションは静かに首を振る。

 周囲が少しばかり気色ばむのが感じられたが、ネザスリウェが息を軽く吐くだけで霧散する。さすがに支社長だけのことはある、部下をしっかりと掌握出来ているようだ。

 さて、エモーションにどう納得させたものか。カイトが頭を悩ませている間に、エモーションは勝手に結論を出していた。


「いえ、非合理はキャプテンもでしたね。私も随分と染まってしまったようです。非合理な決断をする人物の方が好ましく感じてしまうなんて」

「まるで僕がいつも非合理なことばかりしているような言い方じゃないか?」

「違うのですか?」

「いや、大正解だね」

「でしょう?」


 いつもは小言ばかりのくせして、エモーションもこっそり楽しんでいたようだ。遠回しに自分を好ましいと言ってくれたのが、実は心から嬉しいカイトである。


「では非合理の代表からオーダーだ、エモーション。とっとと確証ってのを引っ掴んで、宇宙マグロ流星群を止めるよ」

「アイアイ、キャプテン」


 応えるエモーションの言葉には、どことなく楽しげな響きがあった。

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