運命を変えた夜
人工天体トラルタンから派遣された実行部隊は、夜の闇に紛れてトラルタン4への降下を完了した。
実行部隊の隊長であるマドゥーンは、思念受容体の反応を頼りに目的地へと飛行端末を飛ばす。
「体毛のない知性体の集落と、体毛の多い知性体の集落……思ったより近いぞ。生活圏を共有しているのか?」
戦闘中だった事もあり、ァムラジオル代表が確認を指示してきた時には離れていたように判断したが、どうやら木材で柵のようなものを作っている。双方の集落が柵の中に共存していることから、生活圏を共有しているのではないかという疑問が湧いたのだ。
この辺りの両知性体は、確か居住地区を巡って争っていたのではなかったか。一瞬カイトによる干渉を疑ったマドゥーンだったが、柵が出来てからそれなりに時間を過ごしているのを確認してその疑問を捨てる。
「争いではなく、共存を考えた個体たちか。原始知性体にも色々な者がいるな」
見守るという立場を取るからか、どうしてもこういった職務に従事している連邦市民は未開惑星の知性体に対して、少しばかり偏見じみた思考を持ちがちだ。
カイトを生み出した地球という星を観察していた仲間たちも、大なり小なり同じような思考を持っていた。特に、生命の入れ替えを行われた惑星だったからこそ、その偏見はより強かったと言えるだろう。
むしろ、そんな惑星で連邦の思考に極めて近い精神性を持つに至ったカイト個人が特殊なのだと、連邦内でも意見が集約されてきている。アースリングには、カイト
「彼らのような種族の中から、将来カイト三位市民のような人物が生まれるのだろうかな」
「そうかもしれませんね。私もあまり偏見を持たないようにしないと」
何となく感慨深くなって、マドゥーンは周囲に問いかけた。返ってきた答えには、自分も同感だ。同時に原始知性体を対等に見ていないことを指摘されたような気がして、恥ずかしくなって軽く頭を掻く。
遠未来、この星の知性体が宇宙へと出た時。きっと最初に接触するのは自分たちであるはずなのだ。その時には彼らは対等な連邦市民になる。今からでも偏見を無くしておかなくてはならない。
「こういう考えを持っているから、市民権の昇級が遅れるんだよなぁ……」
「隊長もでしたか。気をつけないといけませんね、お互い」
実行部隊の隊員の中で、偏見のない者はいなかったようだ。そんな考えはこの場限りのことだと全員で戒め、確認作業に戻る。
「概ねよく寝ているが……。やはり見張りは起きているな」
夜行性の肉食動物もいるため、夜を徹しての見張りは集落に必ずいるものだ。火を焚いて周囲を警戒するだけの知性もある。
これからの作業には、絶対に見られないことが最低条件だ。マドゥーンは飛行端末に即効性の睡眠ガスを噴射させる。
当たり前だが、集落の中だけではない。寝ている間に肉食動物が集落に入り込んだなどとなったら、それこそ始末書では済まない失態だ。それなりに広い範囲に、睡眠ガスをじっくり散布していく。集落の中より、外の方を念入りに。
「生物の覚醒反応消失。よし、行こう」
マドゥーンの言葉に、隊員たちが頷いた。
***
集落への侵入は、空から行われる。手持ちサイズの飛行機械で森の上まで上昇してから、集落の上空へと移動する。
再度、覚醒反応がないことを確認してから、静かに降下。ここからは万が一にも住民の覚醒を促さないよう、段取りよく無言で行動を開始する。
最初の仕事は、思念受容体の回収だ。渡したという子どもたちが保管しているかどうかも確認する必要がある。
マドゥーンのチームは体毛のない方の担当だ。狩猟を主体とする性質上、気配に敏感なのがこちらだ。特に気をつけて、屋内に侵入する。
「すぅ……すぅ……」
雑魚寝だ。地面に敷いた布の上に、家族であろう四名が並んで寝ている。思念受容体の反応を探る。どうやら握り締めて寝ているわけではないようだ。
屋内を見回すと、紫色の光がすぐに見つかった。棚のような場所に飾ってある。どうやら家族に見せたようだ。
そっと受容体を摘まみ、手元のケースに収納する。反応が消えた。
ほっと息をついて、建物の外へ。
外で待っている隊員たちに、頷いてみせる。少しだけ空気が弛緩する。第一の役目は終わった。
空に向けて一瞬だけライトをかざす。反応はない。
しばらく待っていると、集落の向こう側からライトの光が放たれた。改めてこちらもライトをかざす。どうやらあちらも回収に成功したようだ。色から見ても、特別な問題は発生していない。
これで仕事の半分以上は終わった。あとは手分けして、記憶洗浄の処理だ。特に、カイトと接触したふたりは念入りに行うことになる。
『記憶洗浄装置、起動』
機材のディスプレイに文字が浮かぶ。およそ一日分の記憶を洗浄し、なかったことにする。二日以上の記憶洗浄はリスクがあるので禁忌だ。そういう意味でも、カイトが場所を特定できる材料を残してくれたのはありがたかった。
時間が経てば経つほど、文明が汚染されるリスクが高まる。人工天体トラルタンのスタッフたちは、ここに居る者以外も全員が、高い緊張感を持ってこの職務に臨んでいる。
『記憶洗浄開始までカウント開始』
ライトをかざすと、向こうも同じ反応を返してくる。準備は整った。頷き合って、飛行装置を使用する。
記憶洗浄装置の範囲外まで上昇し、作業終了まで待機となる。
「……ふう。上手くいきましたね」
「まだだ。装置を回収して戻るまでは、緊張感を途切れさせるな」
「そうでした。落とし物をするようなガマハデッグはいないと思いますが」
「そんなガマハデッグがいたら、中央星団に送り返すさ」
「確かに」
夜陰に紛れる、緑色の光が足元に見えた。記憶洗浄装置が起動したのだ。うっかりあれに触れると、自分たちの記憶も一日分洗浄されてしまう。
タールマケとの戦闘はともかく、噂に名高いカイトの活躍。目の前で見ることが出来たあの興奮を、忘れてしまうのはあまりに惜しい。
緑色の光の半球。集落の南北でふたつ発生したそれが、余すことなく集落を覆ったことを確認する。ここまで来て、偶然範囲外になっていた住民などがいたら、何もかも台無しだ。
集落の外へ用足しに出た個体がいないことも確認済だ。問題はない。
「よし、降下して装置を回収。撤収するぞ」
「了解」
「帰る前に、機材の反応がないことを再確認する。ランクチェラ、頼んだ」
「分かりました」
マドゥーンと、もう片側の責任者だけが装置の回収のために降下する。
落とさないように気をつけながら、役目を終えた装置をしまう。
上昇すると、副長のランクチェラが端末を操作する。
「問題ありません。完璧です」
「何よりだ。船へ戻るぞ」
安堵の空気が広がる。マドゥーンも指摘しなかった。
仕事は無事終わったのだ。最低限の緊張感は彼らも残している。後は船に戻って、帰還軌道に入ったらこの緊張感ともお別れだ。
さっさと歓声を上げたいものだ。誰よりもそんなことを思いながら、マドゥーンは仲間たちと船へと戻るコースを取るのだった。
***
マドゥーンはおろか、トラルタンのスタッフたち誰もが与り知らないことだったが。
この晩、ネシェレカという少女のいたこの集落は、夜陰に紛れて好戦的なふたつの種族に襲われるはずだった。
自分たちだけを戦わせて、数を減らしたこの地域で無事に暮らそうとしていると思われたからだ。争っていたふたつの種族が、この日ばかりは手を取り合っていた。
ところがこの日。連邦の部隊が散布した睡眠ガスは、集落の中より外の方に念入りに散布された。物陰に隠れ、襲撃の時を見計らっていた者たちは、睡眠ガスをしっかりと吸い込んでしまう。戦闘への高揚に興奮していたところに大量のガスだ。強引に叩き込まれた眠りはひどく深かった。
翌朝。最初に目を覚ましたのは普段通りに寝ていた集落の住民たち。見張り達が寝ていたことに驚き、彼らを叩き起こして被害がないかを確認している間に、表で爆睡している武装した同族を発見する。
何がなんだかわからないが、とにかく自分たちを襲おうとしていたのは確かだ。慌てて武器を取りに戻った住人達は、それなりに騒いでもなお起きて来ない同族たちの様子に首を傾げながらも、冷徹に止めを刺して回った。
死を招く、深い眠りの夜。
彼らの集落では後に、そんな言い伝えだけが遺されるのだった。
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