たとえ敵がいかに大きくても

敵性宇宙ウナギ、観測

 連邦の中央星団までの移動は、公社の船団に頼むことになった。

 何しろトゥーナが大きすぎる。何かと大味なテラポラパネシオの超能力転移だと、万が一の事故が怖いという話が出たのだ。主にカイトから。議会からも当のテラポラパネシオからも反論は出なかったから、何となく連邦側も自覚はあったのかもしれない。

 そこでパルネスブロージァが、公社の船団で請け負うと名乗り出たのだ。

 公社が出来てから、中央星団に公社の総旗艦ヴォヴリモスが訪れたことはないというから、それはそれで大きな事件と言えた。

 ナミビフ恒星系から出て、ヴォヴリモスの停泊している宙域までトゥーナと一緒にのんびりと飛ぶ。


――カイトたちの住む、レンポウの中心ですか。楽しみですね。

「宇宙を旅してきたトゥーナさんにはどう見えるんでしょうね」


 あの、巨大な星が連結している人工惑星を。

 トゥーナと談笑していると、巨大な船が見えてきた。クインビーに通信が入る。


『キャプテン・カイト。転移を開始しますので、ヴォヴリモスにお入りください』

「了解です。ではトゥーナさん、また後程」

――ええ。


 クインビーがヴォヴリモスに入ろうとすると、入れ違いに公社の船が無数に出てきた。どれも大型船だ。支社長の乗っていたエアニポルと同じくらいの大きさの船もあるから、ヴォヴリモスの積載能力には驚くほかない。

 公社の船団が、トゥーナを取り囲むかたちで布陣する。囲むことで、転移を一緒に行うことが出来るのだそうだ。


「便利なものだね」

『キャプテン。パルネスブロージァ社長から、デッキに来ないかとお誘いが来ています』

「そうだね、行こうか」


 公社の使う転移にも興味がある。

 カイトはクインビーを指定された場所に停めると、エモーションと連れ立ってヴォヴリモスの中に足を踏み入れるのだった。


***


「いらっしゃい、カイト三位市民エネク・ラギフ

「ええ、お招きにあずかり有難うございます」


 山が喋っている。

 カイトが最初に思い浮かべた感想はそれだった。面白生物に耐性がなければ、無遠慮に見つめたか驚いたかしただろう。

 ヴォヴリモスが大きい訳だ。山のように積み重なった苔類がパルネスブロージァの本体だとすると、ここはまさに公社の本拠地そのものといえた。


「何しろこの姿ですから、移動が出来ないのですよ。ですので、普段は一部を切り離しています」

「僕をこの場所に同席させてくれたのは、公社の信頼の証だと受け止めることにします」

「ええ、仰るとおりです」


 護衛が多いのも当然だ。パルネスブロージァは植物であるから、連邦が生み出した改造や生命のバックアップに適応しないと聞いている。つまり、この社長は死んでしまえば復活しないということ。

 普段はヴォヴリモスは公社の支配領域から動かないというから、今回は本当に異例のことだったはずだ。それでもパルネスブロージァに不安の色はないから、この船と船団の戦力に心からの信頼を寄せているということなのだろう。

 エモーションと一緒に、巨大な前面モニターを見る。転移が始まった。


「おぉ」


 思わず、声が漏れた。えすえふだ。星々の光を置き去りにするような加速。景色の色が変わった。

 古典SFフリークのカイトが想像していた通りの光景が眼前に広がる。そうか、自分の求めていたSFはこちらだったか。


「テラポラパネシオの方々が使うような転移と違い、どうしても時間がかかります。ですが、船団規模での移動の場合は安全という側面があるんですよ」

「分かります。僕の使う転移と比べて、こう……安定している感じがしますから」


 万が一に備えて、クインビーにも搭載出来たら良いのではないかな。

 そんなことを考えてエモーションを見ると、当のエモーションは別の方向を向いて怪訝な顔をしていた。


「どうかしたかい、エモーション」

「ええ。パルネスブロージァ社長、この移動中には通信は不可能になりますか」

「エモーション六位市民アブ・ラグ、その通りです。この移動中には外部との通信は不可能となります。それが何か?」

「そうですか。それなら誤作動かと思います」


 カイトは何やら不安を覚えて表情を改めた。カイトが知る限り、エモーションが誤作動などと言ったことはない。


「何か捉えた?」

「ええ、いえ。実に微妙なタイミングで断片的だったのですが」

「構わないよ。どうしたんだい」

「転移の始まる寸前、クインビー経由で救難信号らしき通信を捉えました」

「救難信号」

「はい。連邦言語で、巨大生物に追われている、と」


 周囲がざわめいた。クインビーと機能を接続しているエモーションの言葉だ。カイトにそれを疑う余地はない。

 パルネスブロージァもそれを聞いて、すぐに指示を出していた。


「ヴォヴリモスより各船へ。転移寸前に救難信号と思しき通信を受け取った船はあるか」


 通信士たちの反応を待つ、数秒の沈黙。と、緊迫した声が上がる。


「ガルバネクシノ、受信を確認。デーナッポグも受信確認。ヴェザンドゥルニ海賊船団の通信回線から発信されています」

「海賊船団か。場所は」

「連邦の支配領域から外れた地点です。クタリノオ星系からメザーシェ重力圏の中間地点のどこかかと」

「メザーシェ重力圏か。確かに連邦の支配圏外だな」


 場所を示されても、カイト自身はそこまで地理に明るくない。さりげなくエモーションに目を向けると、空中に図が表示された。


「メザーシェ重力圏は連邦の支配領域に含まれない宙域です。恒星や惑星が観測できないのに重力異常が発生している宙域で、その特異性から連邦が宙域への干渉をやめたことで有名ですね」

「恒星や惑星が存在しないのに重力異常。原因は不明なんだね?」

「そのようです。宇宙は広いですからね、そういう場所を調査するよりはもっと広い場所を有意義に使おうという考えみたいです」

「なるほど、合理的だ。それで、クタリノオ星系は?」

「連邦から見て、メザーシェ重力圏の向こう側にある恒星系です。連邦の目が届かないという地理的要因から、海賊船団や違法娯楽を提供する改造惑星があることで有名とか」


 地球人を買った相手がいないので向かっていなかった、連邦外にいくつかあるアウトローの星系だという。


「公社の船団はたまにそこで取引をしますね。ディーヴィンと仲が悪い連中が時折、希少種族を乱獲して競売にかけることがあるので」


 嫌な話だ。公社以外に買い取られた生物の先行きはおおむね暗いからだ。

 公社は希少生物保護のために、そういった厄介な連中ともそれなりに取引があると聞いている。公社の付き合いの広さは、そういう意味では連邦の比ではない。


「どうされますか、社長?」

「そうだね。ヴェザンドゥルニ海賊船団であれば、見捨てても問題ないだろう。連中には品がない。多少間引きされた方が宇宙のためだ」

「承りました」


 冷徹な社長の顔を見せるパルネスブロージァに、カイトは内心で感心しつつも異を唱えた。特に海賊船団に情が湧いたわけではない。別の理由だ。


「パルネスブロージァさん。巨大生物というのが気になりますが」

「え?」

「いえね。ここから中央星団に向かって、その巨大生物が宇宙ウナギだったとすると二度手間になりませんか」


 ナミビフ恒星系からだと、比較的クタリノオ星系は近い。が、中央星団に向かってからとなると遠回りだし時間がかかる。先に宇宙ウナギかどうか確認してから、中央星団に向かった方が良いのではないかというのがカイトの考えだった。


「なるほど、一理ありますね。ですが、トゥーナ様は研究を楽しみにしていたようですし、中央星団で準備を整えてからでも良いのでは」

「それは確かに。一度、トゥーナさんに聞いてみませんか。新しいボディの開発と宇宙ウナギかどうかの確認、どちらを優先するか」

「……ふむ、そうしますか」


 正直なところ、カイト自身トゥーナがどちらを優先したいと思うかは分からない。特に連邦の範囲外である以上、急がなくても良いというのも道理なのだ。あまつさえ襲われているのが海賊船団であるなら、尚更。

 カイトが出した折衷案に、同じく確証がないようだったパルネスブロージァも同意するのだった。


***


「宇宙ウナギですねえ」

『宇宙ウナギでしたねえ』


 カイトはヴォヴリモスの外に出て、呆れた声を出した。答えたのはパルネスブロージァ。視線の先には、海賊船団を壊滅させた宇宙ウナギの姿。トゥーナとは別の個体だ。何しろ。


――殺す、殺す、ころおおおおおおすッ!


 これまでにないほど知性を低下させたトゥーナが、カイトの横でいきり立っていたからだ。


「取り敢えず、公社船団は後退を。巻き込まれると危険かと」

『すみません。後は任せます』


 ヴォヴリモスが僚船の積載を終えて、姿を消す。バックアップがある船員たちと違い、パルネスブロージァの命はひとつだ。後退しろというカイトの言葉にパルネスブロージァは随分とごねたが、最終的には受け入れてくれた。

 それにしても。


「……エモーション。あっち、でかくない?」

『そうですね。体高・全長ともにトゥーナ氏の三倍近いかと』


 怪獣大決戦は、どうやらこちらの大幅な不利でスタートらしい。

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