特に謝罪の品も必要ないので

「本当に申し訳ない、カイト三位市民エネク・ラギフ


 パルネスブロージァからの謝罪について、カイトは特に答える言葉を持たない。正直なところ、公社での自分の評判についてはひとつも興味がないのだ。ある意味では連邦内での評判についても。ただ、宇宙クラゲによって変に上方修正されていないか、という不安はちょっとあったりする。

 現状では地球人の救助も目標のひとつなので、今後救助対象となる地球人に悪影響が出ない限り、カイトとしては自分の評判や評価については勝手にしてもらって構わない。勝手にカイトを悪者にして勝手に不満を垂れ流す程度のこと、聞こえてこなければないのと同じだ。

 地球人の救助が終わってしまえば、もうその後はどこでどんな風評を流されていたとしてもそれこそ興味はないし。


「まあ、僕は特に気にしていません。ところで、トゥーナさんのことですが」

「ええ。宇宙ウナギ種の保護は諦めます。連邦はトゥーナ様の自由を尊重するのですよね?」

『そうなる。実際問題として、トゥーナ氏でなくとも宇宙ウナギと友好関係を結ぶ場合、他の宇宙ウナギを全て敵に回さなくてはならない。我々有機生命体を尊重してくれるだけでも、トゥーナ氏は共存の相手としては理想的だ』


 あとはあの有機ウナギへの偏愛がある限り、トゥーナが生命の存在する星を捕食しようとすることはまずないだろうと判断している。地球には蛇とか似た姿の生物がまだいるわけだが、まあエラがあるからにょろっとした魚類を紹介しておけば問題はないだろう。

 パルネスブロージァは宇宙ウナギの生態と、保護という方針がどう頑張っても噛み合わないことを学習した。これを機に、希少生物の保護に関してももう少し幅を広く考えてもらえれば良いなと思う。


「公社が事態をややこしくしてしまったのは事実です。カイト三位市民とトゥーナ様には何かお詫びの品でもご用意できればと思うのですが」

「そう言われましても、僕は別に実害があったわけじゃないのでね。特に今すぐ欲しいものもないし……ふむ」


 とはいえ、恐縮しきりのパルネスブロージァに何もさせないというのも心苦しくはある。中々愉快な相手なので、仲良くしておきたいとも思うし。

 何かないかなと首を傾げたところで、ふとゴロウと目が合う。そういえば。


「そうだ、ゴロウ先生。君はこの後はどうするんだい。連邦に移住を希望する?」

「え? あ、ああ。そうだな。そうさせてもらえると有難い」

「それならパルネスブロージァさん。ゴロウ先生が公社に借り入れている資金。これを僕への詫びとして立て替えてもらって良いかな」

「はぁ!?」


 驚いたのはゴロウだ。目を剥いてカイトの方を見てくるが、取り敢えず無視。

 パルネスブロージァにしてみれば、人ひとりの借金をチャラにするなど、負担でもないのだろう。いささか困惑した様子で聞いてくる。


「そんなことでよろしいので?」

「もちろん。ゴロウ先生なら仕事次第ですぐに返せるだろうとは思うけどね」

「待て、待ってくれキャプテン! それはさすがに私が困る」

「そうは言うがね先生。僕は今、本当に欲しいものとかないんだ。公社との間に貸し借りがあってもお互い構えてしまうだけだし、今のうちに清算してしまいたいのも本音なんだよ」

「しかし……」

「それにほら、借金持って戻ってきたなんてことになったら、お姉さんが気に病むんじゃない?」

「うぐ」


 未来を信じて送り出した弟が、実際には人身売買の被害に遭っていたと聞けば、姉の方は相当気に病んでいることだろう。無事に戻ってきたとしても、その代価として借金まみれだと知ったらどう感じるか。そう言われて、ゴロウの顔が苦悶に歪む。

 色々な葛藤を乗り越えて、ゴロウはとうとうがっくりと頭を下げた。


「す、済まない。今回ばかりは甘えさせてもらえるだろうか……」

「よし、決まりだ」


 これで公社との貸し借りもなくなり、新しい友人も憂いなく連邦市民としての生活を始めることが出来る。良いことづくめだ。


「この際ですから、移住を希望するアースリングの方々の分の借金をなかったことにしましょうか?」


 大した額でもないので、と進言してくるパルネスブロージァに、カイトは首を横に振って答える。


「そこまでする必要はないんじゃないかな。僕は別に公社に雇われている人たちとこれと言って面識があるわけでもないしね」

「そうですか。……ところで連邦への移住希望者は?」

「今のところゴロウ・サイトー以外にはいないようです。末端では随分と例の噂が出回っていたようで」


 護衛の一人の回答に、カイトは思わず肩を竦めた。


「ほら、ね?」

「早急に公社内の風紀を是正しますよ」


 パルネスブロージァのボディから、再び怒りがふつふつと湧き上がっているように見える。

 カイトは話題を変えるべく、テラポラパネシオに話しかけることにした。


「ま、僕のことはともかく。トゥーナさんは何か欲しがりますかね?」

『さあ、どうだろう。今のところ、連邦製の新しいボディの方で頭がいっぱいなのではないかな』


 その言葉に、パルネスブロージァの動きが唐突に止まった。

 他の全てを忘れたような様子で、テラポラパネシオに詰め寄る。


「なんですかその話。く、わ、し、く!」

「迂闊ですね……人のこと、言えないんじゃありません?」

『む、むうっ』


 宇宙クラゲが、不本意だとばかりにひとつ呻いた。


***


「なるほど。自分に似た姿をした生命の住む星々を見て回りたいと」

『そうだ。だが、そうなるとあの巨体ではな』

「確かに」


 揃って見上げた先には、ちょうどエラを開くトゥーナの姿。

 ゴロウも今では宇宙ウナギという単語に拒否反応を示さなくなった。そういえばいつの間にか宇宙クラゲにも慣れたようで、着々と宇宙面白海産物シリーズに耐性が出来ている様子だ。

 パルネスブロージァはそれなら丁度良いと、脚の一本で自分のボディを器用に叩いた。


「では、我々公社もお手伝いしましょう」

『ふむ?』

「公社の機械研究部門を連邦に一時的に合流させます。トゥーナ様が危険のない形でボディを行き来できるような技術開発に、全力で協力しましょう」

『良いのか? そちらの転移技術は連邦にも秘匿されていたはず』

「構いません。秘密保持契約も、相手がいなくなってしまいましたからね。これならトゥーナ様へのお詫びになるでしょう?」


 超能力に頼らない長距離転移技術は、連邦には存在しない技術だった。それを提供してもらえるなら、確かに研究は捗るだろう。あとは意識のスムーズな移動さえ可能になれば良いのだから。

 相手がいなくなったという言葉に、カイトの脳裏にふと連邦から宣戦布告された連中のことが浮かんだが、それもすぐに消えた。


「そうですね。トゥーナさんも喜ぶでしょう」

『せっかくだから直接伝えるといい。本人の機嫌もあっという間に直るだろうさ』

「確かに」


 トゥーナは意外と感激屋だ。

 果たしてどんな劇的な反応を見せるのかを考えると、今から少しだけ楽しみだった。


***


――おお、パルネスブロージァ! 我は君を大事な友人と位置付けることにします!

「そ、そんなこと。これは私たちからのお詫びなのですよ」

――それでも我は嬉しいのです! これでまだ見ぬウナギたちと出会う時が近づいたのですから!


 ほらやっぱり。

 カイトは喜び合うウナギと苔類を微笑ましく眺めながら、ふと処分を受けた公社のスタッフたちのことを思い浮かべた。

 彼らが公社から罰されたことについては、不満も興味もない。だが、彼らと自分との間に因縁が出来てしまったのも確かだ。

 寛容や恩では、恨みや憎しみはなくなることはない。しかも、改造の結果、自分もあちらも寿命だけは長々とあるのだ。


「……やれやれ」


 公社への借金を返し終えて、船なり船団なりを組んで。連中が復讐にやってくる未来も低くない確率であるのではないか。

 カイトはパルネスブロージァたちに笑顔を向けながら、その日が来るのをひっそりと覚悟するのだった。

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