高等部2年2組 沙也加と葵

『ああ、ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの……‼』

「ストップ。小室さん、今のセリフのところ、もっと感情をこめて言ってみてくれる?」


 部室として使っている3年生の教室での台本の読み合わせの中で、演劇部部長である高等部3年の先輩はジュリエット役の私こと小室沙也加こむろさやかにアドバイスしてくださった。私はそのアドバイスを受け入れて改めて演技をした。


「OK、大丈夫よ」

「ありがとうございます、部長」


 部長はそう仰りながら私の肩に手を置いて激励してくださった。


「そろそろロミオ役の子が園芸委員会の活動を終えて来るから、彼女と合わせて練習をしましょう」

「はい」

「ごめんなさい、遅れました」


 教室の入り口から少し低い、でも遠くまで通る声が轟いた。私達が振り返ると、黒髪のショートカットと中性的な顔立ちが特徴的な少女が立っていた。


「事情は聴いてるわ。準備が終わったらお願いね」

「はい」


 今回の演劇でロミオ役を務めることになる演劇部員にして私のクラスメート。そして私の幼稚園からの幼馴染である栂野葵とがのあおいだった。


「はぁ~❤ やっぱり葵先輩は素敵ねぇ~❤」

「クールで綺麗で、おまけにスタイルも抜群だなんて……❤」

「あのきれいなお顔立ちで胸も大きくてウエストもキュッとしてて……❤」

「おへその形も素敵……スラリとした芦屋ほど良い太さの太ももも……❤」


 後輩達がコソコソと葵のことを観察しつつ論評する。まぁ、確かに葵は下級生からは王子様的な扱いを受けるし、ついでにスタイルもいいから変な目で見る子も多い。運動神経も学年随一だし、演技力も部内でトップクラス。でも、いい気がしないわ。


「こらこら、あんまり人をじろじろ見ないの」

「「「「は~いっ!」」」」


 部長の注意でその場は収めた後輩達だけど、やっぱりモヤモヤする。


「沙也加、どうしたの?」

「えっ? あっ、違うわ。別に葵が後輩にドギマギされてモヤモヤしてるとか、そう言うんじゃないから……ってっ⁉」


 自分が勢いと戸惑いに任せて本音を語ってしまったことを悟った時は既に遅かった。葵はすっと近寄って私の長い銀髪を手で触りつつ、耳元でこうささやいた。


「ふふっ、相変わらず可愛いわ、沙也加」

「も、もうっ、葵ったら……/////」


 ……まったく、葵のこう言うところは本当に卑怯だわ。


「ほら2人とも、いちゃつくのはそこまでにして、練習を再開させるわよ」

「「はいっ!」」

「他の子達も、準備をお願いね」

「「「「「はいっ‼」」」」」


 という訳で、部長の指示の下、練習は5時30分まで続いた。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「はぁ~、疲れたわ……」

「お疲れ様、沙也加」


 部活が終わって私達は教室を出て寮へと戻ろうとしていた。


「あっ、しまった……」

「どうしたの? 葵」

「私達の教室に忘れ物があったのを思い出したんだ。ごめん、先に帰ってて」

「ううん、私もいっしょに行くわ」

「えっ、でも見たいテレビが始まるんじゃないの?」

「万が一を考えてブルーレイに予約済よ」

「用意がいいね沙也加。じゃあ一緒に行こう」


 という訳で、私は葵と一緒に所属しているクラス「高等部2年2組」へと急いだ。教室は高等部3年生の教室がある5階から階段を使って降りた2階の突き当りにある。


 教室に辿り着いた私達は、早速葵の机の前までやってきた。それにしても、葵の忘れ物って何なのかしら……? 


「あった……」

「それって……」


 机の横のフックに掛かっていたのは、ピンク色のストライプの小物入れの巾着だった。手提げ部分には5月のゴールデンウィークの時に東京本土に旅行に行ったときに遊園地で買った擬人化した猫の女の子のキーホルダーがついている。


「はぁ、良かったわ……」


 巾着を持ち上げると、葵は頬を薄赤く染めてキーホルダーを眺めた。


「葵、それを見たらいつもほっこり笑顔になるわね」

「だ、だって、可愛いじゃない……」


 照れくさそうにそう言う葵。葵ってボーイッシュな外見と振る舞いから女子からモテるけど、実は結構少女趣味なの。お菓子作りとか小物作りとかメイクが得意なとことか、ガーリーファッションも大好きなとこがある。そしてそれを知っているのは私だけだ。


「あっ、そう言えば私も昨日から忘れてたものがあったの思い出した……」

「なに?」

「えっとね……」


 そう言いながら私も自分の机に向かって物入を覗いた。


「あったあった」


 取り出したのは吉川英治の新書太閤記。私が読んでいる歴史小説の中でも一、二を争うくらい好きな小説なの。


「沙也加ってお姫様みたいな見た目と裏腹にそう言うのが好きだよね。周りからもイメージと違うって周りから言われてるけど」

「周りが勝手にそんな印象を抱いてるだけよ。それに歴史ものには独特の魅力があるのよ」

「まぁちょっと分かるけどね。そう言えば、幕末を題材にした小説とかも好きって言ってたよね」

「幕末の侍の生き様って、大和魂を持つ人なら誰でも心を動かされるものよ」


 拳を握り締めて葵に力説する私。実は中等部から入学した最初の頃、剣道部とか空手部に入ろうと思ってたの。でも見学したときの練習がきつそうで断念し、時代劇の役者さんへの憧れもあったので、演劇部に入ることになったの。

 まぁ今年学園祭で披露するのはロミオとジュリエットだけど、部長の指示で学園祭以降の部長は私に決まっているので、来年の演目は時代劇にしようと思ってる。


「それにそろそろ、通販で買った時代劇小説が来るから、楽しみだなぁ~❤」

「じゃあそれを確実に手に入れる為にも、早いところ寮へ戻ろう」

「そうねっ!」


 そう言いながら私は小説を鞄に放り込んでダッと教室の扉へ向けて走り出した。


「あっ、そんなに急いだら危ないよっ」

「大丈夫っ……って、あっ……⁉」


 ヤバい、足元が狂って体勢が崩れた、絶対頭を打つ……。


「沙也加っ!」


 直後、葵が凄い速さで駆け寄り、私が床に倒れる直前で救いあげてお姫様抱っこをしてくれた。


「まったく、慌てて走ろうとするから……」

「ごめん……つい」

「でも、変にけしかけた私も悪かったかな……」


 と、私を見つめながら少し落ち込む葵。


「……まったく、私の不注意なんだから落ち込まないの」


 そう言って私は葵を元気付けるべく、彼女のほっぺにキスをした。小さい頃からこうすると、葵は元気を取り戻すの。


「沙也加……」

「私は葵が大好きよ。王子様みたいでかっこよくて、でも実はクラスや部活の誰よりも女の子っぽい貴方が」

「ちょ、と、突然そんな、て、照れるよ……」

「あら? さっき耳元で私をときめかせるようなことを言ったくせに、自分がされると私以上に取り乱すの?」

「た、大抵なら大丈夫だけど、その……」


 言葉に詰まる葵。はぁ、私相手になると、こういう肝心なところでヘタレっぽいとこがあるのよね……。


「それ以上取り乱してると、今度は唇にキスするわよ?」

「なっ……」


 あ~あ。固まっちゃったよ。ふふっ、でも可愛いなぁ❤


「一旦降ろしてくれる? 話はそれから」

「えっ? あっ、うん……」


 という訳で、お姫様抱っこから解放された私は、改めて葵と向かい合った。


「私は葵が大好きよ。葵はどう?」

「わ、私は、その……」


 勇気がいるだろうなぁ。こういうことを言うときは。本当は急かしたいけど、まだ時間もあるし、だれか来る気配もないからちょっと待ってみよう。


「……さ、沙也加のことが大好き、です」


 30秒くらいしてやっと言ってくれた。でももうちょっと聞いてみたいな。


「その好きって、どういう類の好きなの?」

「ど、どういう類って?」

「友達として、恋人として?」

「こ、恋人っ……⁉」


 あまりのことだったみたいで、また葵は固まった。


「おろおろしないで、私はね。そういう風になっちゃう葵のことも大好きなの。いつも私のことを気にかけてくれて守ってくれて、でも実は脆くて、ときどき私の方が守ってあげたくなるあなたが」

「さ、沙也加……」

「だから、もう決めちゃおう。これからの私達の関係性。正直、さっき後輩達にあなたが品定めされてた時、モヤモヤしたわ」

「ど、どうして?」

「なんだか、葵が遠くなっちゃうような気がして。誰に対しても優しいから、勘違いしちゃって取られちゃうかもって思ったことが何度もあったもん」

「そ、そうだったんだ……」

「そこも貴方の良いところだけど、出来ればもうちょっと私に対してだけの姿も見たいな」

「沙也加……」


 なんだかしゃべり過ぎちゃったな。今日はなんだか、いつも以上に自分の思いを言えそうだ。


「葵、私はあなたのことがこの世の誰よりも大好き。あなたはどう?」

「……私も、沙也加が大好き。この世界の誰よりも……」

「ふふっ、やっと言ってくれたわねっ」


 私はウインクして葵に微笑んだ。


「じゃあ帰りましょうっ! 今度は走らないから安心してっ❤」

「なら、手を繋いで帰ろう」

「OK! それから、帰ったらメイクを教えてっ。夏にぴったりのコスメも教えてほしいの」

「うんっ! 喜んでっ!」

 

 ってなわけで、私はようやく葵に思いを伝えられて、モヤモヤした思いを解決することが出来た。これからは王子様的なところだけじゃない、女の子っぽい葵の魅力をもっと引き出すわ。あっ、勿論、私の為だけにねっ♪

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