第一話 貧乏勇者は誰よりも強い (前編)


 アトラスが教室に入ると、クラスメイトたちはその姿を見て驚いた。


 麻の服に、腰に挿しているのは木剣。

 駆け出し冒険者でさえ、そんな貧しい格好はしないだろう。


 ここがどこかのど田舎ならば、別にそれほど違和感はないかもしれない。

 だが、今アトラスが足を踏み入れたのは、王立騎士学校。

 大陸でも指折りの実力を持ち騎士試験に合格した者たちが、より実践的な力をつけるためのエリート学校だ。


 今日ここに集められた新入生たちは、いずれもレベル30を超えている、強い剣士や魔法使いたちばかりだった。

 それなのに、そんな場所に、木剣を携えた明らかに貧乏そうな少年が現れたのだ。

 周りの生徒たちは、あまりの異質さに驚きを隠せない。


「おいおい、なんだよお前!」


 金髪の少年が、教室に入ってきたアトラスに向かって野次を飛ばした。


 ブロンドのオールバック。最高級のドラゴンの毛皮から作られたローブを羽織っていて、いかにも貴族の子弟、といった風貌だった。

 だが事実は「貴族の子弟」ではなく、まさしく「貴族」だった。

 ローガン・ベントリー男爵。

 公爵家であるベントリー家の次期当主。すでに自身も男爵位を継承している正真正銘の貴族だ。


 貴族の子弟が多く通う学園にあっても、すでに爵位を持っている貴族ものはそうは多くはない。

 当主になる前に爵位を得ることができるのは、ベントリー家のように爵位を複数保持している名門中の名門に生まれたものだけ。

 それだけローガンは特別な存在なのだ。


「こいつ、木剣じゃん!」


 ローガンは、自分とは対照的なアトラスを見て、嘲笑を隠そうとはしなかった。


「なんで駆け出しがこんなところにいるんだよ」


「なんでって、試験に合格したからなんだけど」


 アトラスは平然と答える。


「お前が? 試験に? 冗談はよせ」


 ローガンがそう言うと、取り巻きの一人が「裏口入学じゃねぇか?」と野次を飛ばした。


「バカ言え、こんな貧乏人が裏口入学できるわけねぇだろ」


「裏口入学するために、全財産つぎ込んだんじゃねぇか?」


「なるほど、それなら納得だな」


 ローガンたちはガハハと下品に笑う。


 と、別の取り巻きが、呪文を唱える。

 相手のレベルを確認する“インスクペクション”の魔法だ。


「おいおい、しかもこいつレベル1だぜ! やばぇ、マジウケる!」


「いくら裏口入学でもレベル1? お前、ほんとは学生じゃないだろ? 騎士カードを見せてみろよ」


「いや、ちゃんと合格したんだけど……」


 アトラスはポケットから、先ほど受け取ったばかりのカードをを突きだす。


 アトラス・ウェルズリー

 騎士番号 5025

 騎士序列 -

 

 

「マジだな…… つっても番号、最下位じゃねえか」


 番号は、入学試験の成績順に発番される。下2桁が25番と言うことは、アトラスが入学試験で最下位だったことを意味する。


「つうか、カードを偽装したんじゃねぇのか お前見てぇな雑魚が騎士学校に入れるわけねぇからな」


「一応、ちゃんと試験に受かったんだって。なんで信じてくれないかなぁ……」


 アトラスは頭をぽりぽりとかいた。


「じゃぁ、今ここで証明してみろよ。お前の強さをよぉ!」


 と、ローガンが腰から剣を抜いた。

 ――教室の誰もが息を飲む。


 ローガンは、身分が高いだけのボンボンではない。入学試験は2位通過、ドラゴンを倒したこともあるという折り紙つきの実力者だった。

 そんな彼にかかれば、木剣しか持っていないレベル1の少年など、一瞬で殺されてしまう。


「……今、僕は決闘を申し込まれているってことでいい?」


 アトラスは自分に向けられた剣越しにローガンを見て言った。その表情は極めて平然としている。


「他に何があるってんだよ。テメェ、なめてんのか?」


「……仕方ないな」


 アトラスはそう言って、チラッと時計を見る。


「なんだテメェ、時計なんて見て」


「いや、あと六分で授業が始まるけど、五分で行って帰ってこれるかな、と思って」


 ローガンにはその言葉の意味が最初はわからなかった。

 そして気がつく。


 あと六分しか時間がなくて、五分が移動時間なのだとしたら、つまり俺と戦う時間は――差し引き一分。

 つまり、アトラスは「勝負は一分で終わる」と思っているのだ。


「テメェ……なめやがって!」


 と激昂するローガン。それを見てアトラスは、貴族ってのは怒りっぽいんだなぁと思った。


「殺してやる……」


 ローガンは、そう言って教室のドアから庭へと出て行く。アトラスはそれに黙ってついていく。

 周りのクラスメイトたちも少し遅れて見物のため外に出た。


 決闘には都合よく、庭にはかなりのスペースがあって、戦うには十分な広さだった。

 これなら、魔法をぶっ放しても、困らない。


「俺を怒らせた代償は大きいぜ……」

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