第2話「何も分からない」(理佳視点)
あの後パニック状態になった女の人を数人がかりで押さえ込み、私の元に40代くらいのお医者さんが来た。その人は優しく私に話しかけた。
「自分の名前が何か分かる?」
「分からない…お見舞いのカードに理佳って書かれてたから理佳なんだろうけど、思い出せない」
「今日何があったか覚えてるかい?」
「分からない、思い出せない」
「さっきの女の人が、誰か分かる?」
「分からない…何も分からない」
それを言った瞬間、青ざめていたあの人の顔が更に青くなった。
すると今度は基本的な知識を私に問うた。
「4×3は?」
「12」
「28分の14を約分できる?」
「2分の1」
「シャーペンの芯を出してみて」
そういうとシャーペンを私に渡してきた。それを利き手であろう右手で持ち、自然にシャーペンの先をノックした。
「逆行性健忘です」
一通りの作業を終えて、さっきの医者は青ざめた顔の女の人にそう告げた。
「何らかの原因で倒れる以前の記憶を無くしています。人物名とか、思い出とか。恐らく住所とか、電話番号とかも忘れていると思います」
「住所…電話番号…」
「でも計算とか歴史の年表とか、体で覚えていたこととか、そういうのは覚えていたので、日常生活に支障はないでしょう」
「そうなの…良かったぁ…」
女の人は少し安堵した様子だ。この人は私の母親らしい。さっき説明を受けた。
「念の為もう1週間くらい入院しましょう、その後も通院は続けてください。それでは、お母さんはこちらへ。もう少しお話が」
そう言ってお医者さんは女の人を連れて病室の外へ出ていった。
記憶喪失。概念は分かる。
そうか。私は、大切なものを、大切な人を、忘れたんだ。
何故か分からないけど、涙が出てきた。何で忘れてしまったんだ。こんなのただの迷惑じゃないか。
自責の念にかられて、そのまま布団に顔を埋めた。
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