第18話 本当は
「穂波はさ」
彼女の母親のため、というのは分かった。でも、穂波は?穂波の気持ちはどうなのだろう。彼女の話を聞く限り、今となっては制服から私服に至るまで全てメンズ服を着ているのだと思った。初めて出会ったときも一緒に遊びに行ったときも、彼女の服は男物だった。
「女の子っぽい格好したいとか……思わないの?」
素朴な疑問だった。穂波は口に手を当て、うーん、と唸った。困ったように眉をハの字に下げた。
「……本当はちょっと、してみたいかな」
「……じゃ、じゃあさ!今度ショッピングモールに服を買いに行こう!可愛いやつ、買ってきてみようよ!」
「でも」
カッコいい穂波に惚れてしまったわたしにとって、女の子らしくしてみたいという彼女の気持ちは少し切なかった。苦いような酸い味がじわりじわりと心に広がっていく。穂波が女の子でも関係ないと思っていたのに。可愛い穂波も好きなのに。やっぱりわたしは、カッコいい男の子みたいな穂波が好きなだけ?
違う、わたしは……。
自分の迷いも穂波の遠慮も掻き消すように、わたしはちょっと大きな声を出した。
「穂波がやりたいならやろうよ!お母さんがどうとか、今更とか関係ない!穂波の気持ちよりも大事なものなんてない。やりたいもの全部、やったもん勝ち、でしょ?」
「うん……うん!自分、やっぱりやりたい!雪ちゃん、今週末、空いてる?服、雪ちゃんに選んで欲しいんだ」
照れたように笑う彼女に、わたしはふたつ返事で頷いた。心に渦巻く苦い暗雲は、見ないフリをした。
***
「かわいい、きれい、すき……」
「ゆ、雪ちゃん……?」
白い柔らかい生地の、パフスリーブのワンピースがひらりと揺れる。わたしが穂波に選んだワンピースは、ふわふわしたサーキュラースカートのワンピース。思い切り可愛いのを着せてあげたいと思ったからだ。腰のリボンできゅっと絞ったところから、裾がたっぷり広がって、長身の穂波によく似合っていた。その姿はさながらお話の中に出てくるお嬢さま顔負けにお淑やかで可愛らしい。感動してもはや涙目なわたしに戸惑う穂波は嬉しそうで、ちょっと恥ずかしそうだった。
「穂波可愛い、すっごく可愛いよ!」
「そうかなぁ……?自分はちょっと慣れなくて変な感じするけど、でも、嬉しい」
ありがとう、と穂波が笑う。その後も色々来てもらってみて、どれも似合っていたのだけれど、結局穂波が買ったのはわたしが最初に選んだ白いワンピースだけだった。バイトもしていない学生の身にとっては服1着でも痛い出費だから仕方ないけど、どの服もよく似合っていたので少し残念というか。
可愛い穂波はもちろん好き。でも、やっぱりカッコよくて紳士な穂波も好き。初恋のひとは女性だったものの同性愛者ではないわたしには、女の子らしく振る舞う穂波の笑顔を見るとなんだか切ない。女の子らしくなりたい穂波の気持ちを引き戻したいなんて思ってしまいそうになるけど、好きなひとの望みを受け入れられないわたしじゃあ駄目なのだと思う。間違ってる。わたしは穂波が好きなのに。女の子でも関係ないって思っていたのに。やっぱりわたしの恋は身勝手なんだろうか。家まで送ってくれた穂波が見えなくなるまでその背中を見守って、なんとなく庭から家に入る。ただいまも言わないまま自分の部屋に行き、寝台に転がって目を閉じた。
ひとりでいたい気分だった。
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