第17話 理由

 わたしには気になっていることがある。穂波のことだ。彼女は女子生徒なのに、なぜ学ランにズボンの男子制服で登校しているのだろう。知り合ったばかりの頃から気になってはいたけど、知り合ったばかりがゆえに遠慮していた。でも、触れてはいけない事情があって、それを聞くことで絶交されるなんてことがあったら、わたしは生きていけない。


「しっくん〜!」


「うわなんだよ。面倒くさ、俺忙しいんだよね。なんかあるなら30分で纏めて話せ」


「なんだかんだ優しいあんたが好きよ」


 シキの部屋に突入し、ベッドでだらけていたシキの細い腹に抱きついて、一緒に転がる。冗談を言っていると、いいから早く、と急かされる。


「穂波の制服の秘密が知りたい」


「あー、お前の脳内彼氏の藍染さ」


「ちょっとぉ!?なんでわたしの妄想知ってんの変態!」


「馬鹿叩くなよ!ホコリ舞うだろ!てか妄想してんのかよ。



 ……気になるなら本人に聞けばいいじゃん」


 さっきまでシキを叩いていた枕を抱きしめて顔を埋める。なよなよして不甲斐ない、情けない。昔のわたしはもっとかっこよかったのにな……。なんて、過去の栄光に縋っても仕方がないけど。


「本人に聞くのが怖いから言ってんの……」


「だろうな。でも、気になるなら仕方ないだろ?我慢するか、聞いてみるしか無いんじゃん?」


 ***


「穂波っ……話があるの、今日の放課後付き合って欲しい」


「?……いいよ。あ、それならファミレスにでも行こうか」


 一晩悩み抜いた末、わたしは結局穂波に男装の理由を聞くことにした。嫌そうにされたらすぐ話を変えて、このことはもう詮索しないとそれだけ決めて、放課後に時間をもらった。学校から徒歩十分、ココアというファミリーレストランに二人で入る。ココアはスイーツに力を入れていて、季節ごとに変わるパフェ目当てに穂波とは何度か足を運んでいる。


 今日も、チョコのと抹茶のとひとつずつパフェを頼んだ。渇いた口にドリンクバーのアイスティーを流し込んで、心を落ち着ける。ここまで来たんだから、聞かないと。


「穂波、聞きたいことがあるの」


「……どうしたの?」


「穂波はさ、どうして男装してるの?」


 穂波の顔がなんとなく見れなくて、俯いて、両手の中のアイスティーを見つめる。




 2、3秒の沈黙が、とても長く感じた。沈黙を破ったのは穂波だった。


「なぁんだ、そんなことか……。転校することになったとか、病気になったとかだったらどうしようかと思ったよ」


 あはは、と笑いながら青い目をすっと細めた、いつもの柔和な笑顔で穂波が言う。わたしがぽかんとしていると、穂波は謝りながら、だって雪ちゃんすごく深刻な顔してたからと微笑んだ。次の瞬間、安堵が波のように押し寄せた。嫌われたり傷つけたりしなくて良かったと、心底安心だ。穂波は考えるような顔で言葉を続ける。


「雪ちゃんなら教えてもいいかなぁ。

 実はうち、もうかなり前に父さん亡くなっちゃっててさ。父さんが死んでしばらく、母さんずっと塞ぎ込んだままだったんだ」


 懐かしむみたいに、穂波は視線をホットコーヒーに落として、コーヒーカップのフチを指でなぞった。


「いつも悲しい顔してた。だから自分は、髪を切ってメンズの服を着て、父さんの口調なんか真似してみたりして……そうしたら、母さん笑ってくれるかなって」


「そしたら?」


「笑ってくれた。似てるわねって。母さんが笑顔になってくれるのが嬉しくて、いつの間にか男装が板についちゃって……。凪高に来たのはたまたまだけど、ここなら女子でも男子制服が着れるって聞いて、そうしたんだ」


 穂波はスマホでお父さんの、直哉なおやさんの写真を見せてくれた。中性的で背が高く、線が細いひとで黒髪もすっきりした顔立ちも、優しい瞳も、穂波を彷彿とさせた。初めて穂波の家に遊びに行ったときに、彼女のお母さんが


「この子父親似だから〜!」


 と言っていたのを思い出す。


 もう一度写真を見る。……この人すっごく綺麗だけど、お父さんってことは本当に男性なんだな……。恐るべし藍染家、と呟くと、穂波はおかしそうに笑った。

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