第15話 夜の学校 中編

 三階の、1年C組のロッカーまで戻ってきた。もちろんお化けは出なかったけど、静かで涼しい校舎は雰囲気があった。穂波は怖いのかやたら早歩きで、風の音にもビクビクしてやっぱり可愛かった。


「無い……!……あ、もしかしたら、今日家に置いてきたのかも。ごめんね雪ちゃん、付き合わせて」


「ううん、全然いいよ、楽しかったし」


 じゃあ帰ろっか、と言いかけたときだった。廊下の隅に人影が通った気がした。足音が確かにしたし、見えた。


「ねえ穂波、今何かいた……?」


「やっ……やめてよ雪ちゃん」


「嘘じゃないって」


 その瞬間、足音が走って近付いて来た。スマホのライトが、何故か点かない。慌ててスマホを操作するも電源がそもそも点かない。手の震えのせい?それとも怪奇現象……?その人影が


「ミツケタァーーーーーーー!!!!!」


 と咆哮する。


「雪ちゃん、逃げよう!!」


 穂波がわたしの手を繋いで走り出した。わたしもスマホをスカートのポケットに入れて走り出す。息が簡単に上がる。冷や汗が出て、穂波の滑らかな手が冷たくて、不気味な校舎にわたしたちの足音だけが反響する。広い棟を無茶苦茶に走っても、足音はまだ着いてくる。足取りも覚束なくなるほど走ったとき、右腕がによって掴まれた。


「やだ!嫌、離してよっ……!」


「雪ちゃんに触るな……!」


「待てお前ら!!」


「助けて!誰か!!」


「人の話聞けや!俺だっつの!樋口紅!」


 わたしたちの頭に拳骨が落っこちた。その痛みで冷静になり、お化けの……いや、彼の言葉がようやく咀嚼できた。ひぐちこう……。


「コウくん……?」


 よく見れば、さっきまでペシペシ叩いてたチクチクふさふさの頭はよく見慣れたコウくんの頭だった。窓から入る僅かな光が、紅い髪にキラキラ反射して、漆黒の瞳が呆れたように揺れる。


「だァからそう言ってんだろ。テメェら容赦なくブッ叩きやがって」


「コウくんだってわかんなかったもん!なんで五千円の樋口って叫んでくれなかったの」


「なんで夜中の学校でんなこと叫ばなきゃいけねェんだよ、無茶ぶりすんな馬鹿」


「ごめん樋口くん……絶対お化けだと思ったから……座敷童とか」


「自分が身長あるからって馬鹿にしてんだろ藍染テメェ。誰が童だよ」


 大体学校に座敷童でねェだろ、と怒るコウくん。そりゃあ、急にお化け扱いされて逃げられた挙句叩かれたら怒るだろうけど。コウくんの拳骨とツッコミですっかり恐怖感が抜けた。そういえばコウくんはなんでここにいるんだろうか。


「あ、そうだ。藍染の携帯ってこれだろ」


「えっ、あ……うん」


 図書室の机に置きっぱだったぞ、と言う彼の手には確かに穂波のスマホがあった。


「ここまで来てこんなに怖い目にあったのに……?」


 穂波はショックを受けている。わたしももう夜の学校は来たく無い。心臓はまだばくばくと強く脈打っているうえ、手は汗で湿って気持ち悪い。さっさと帰ってお風呂に入ろう。そう思ったとき、コウくんが爆弾発言を落とした。


「なァ、ここどこだ?」


 見回すと、そこは見覚えのない場所だった。凪高に入って1ヶ月程のわたしたちはまだ来たことが無いであろう、広い校舎のだった。不安で再び背筋が凍った。

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