第12話 発覚、禁断の恋

「うえーーん、助けてよ雪ちゃん、穂波ちゃん……!」


 泣きついてきたのは、最近仲良くなったクラスメートの女の子、天竺碧てんじくあおいちゃんだ。穂波ほどではないが背が高くて、陸上部に入っているらしい。普段はカッコいいという言葉が似合うような、何でもできる彼女が助けてというので、きっとなにか大ごとなんだろう。彼女の高い位置にある頭を背伸びして撫でながら、事情を聞く。


「私……先生に恋しちゃった……」


「先生……って凪沢先生?」


 驚きを隠せずに、会いた口が塞がらないわたしの代わりに、穂波が質問すると、碧ちゃんはふるふると首を振る。どうやら、あの笑顔の可愛い凪沢先生のことではないらしい。


つづりあきら先生。英語の」


「綴先生ってあの、ちょっと地味でオドオドした先生?」


 綴英先生はまだ若く、髪の毛はくしゃくしゃした柔らかそうな天然パーマでタレ目で、あまり人前が得意では無さそうな先生だ。でも確かに、ふにゃっとした笑顔は可愛いし、身長もかなり高い。授業も丁寧だ。だが、なにがどうなって、碧ちゃんが綴先生を……?


「私、この前街で先生を見たの。駅前で外国人が困ってて、そこに綴先生が現れて、流暢な英語でその人を助けてて、それがカッコよかったの!」


 手を上下にブンブン振りながら、興奮気味に話す碧ちゃん。そのことがきっかけに先生が気になりだし、話すだけで緊張したり、授業中に目が合うだけで恥ずかしくなったりしてしまうらしい。


 わたしは今まで、この手の相談には疎かった。しかし、今のわたしは違う。想い人はすぐ近くにいるが、バレてしまう心配ももはや無い。


「わかる!わかるよ碧ちゃん!好きな人の笑顔とか、見る度に心がギュンッてなるの!」


「仲間〜!」


 ***


「何処にも居ない……」


 昼休み、わたしは出し忘れていた英語の課題を提出するため、例の綴先生を探していた。しかし、職員室にも事務室にも、綴先生の姿は無かった。たまにいるよね、神出鬼没の先生って……そう考えながら、広い校舎を隅々まで歩いて探したが、何処かで入れ違いになったのか、綴先生は見当たらない。


 わたしはもう一度職員室のドアをノックし、綴先生がいないか聞いてみた。すると、国語の先生で、わたしたちも現代文をいつも教わっている国宮くにみやかたり先生が出て来てくれた。さらりと流れる黒髪が美しい、おっとりした先生だ。


「綴先生に課題を?そっかぁ、綴先生ったらまたお庭にいるのかもしれませんね。良ければ私が彼に渡しておきましょうか?」


 国宮先生は優しく笑う。ありがたい申し出ではあったが、課題が遅れたことをしっかり謝っておきたいので、わたしはそれを断った。国宮先生が言った『お庭』はわたしと穂波がこの前昼食をとったあのこじんまりした隠れ庭のことだった。わたしは靴を履き替えて中庭に走った。


 木漏れ日が静かに差す中庭のベンチには、フワフワした砂色頭の、白いシャツを着た男性が倒れるように寝ていた。

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