第10話 穂波の母+オマケ
「あ、雨弱まってきた」
ふと窓を見ると、雨足は弱まっていた。わたしの声に反応して窓に目をやる穂波も、本当だ、と小さく呟いた。こんなにも止むのが惜しい雨なんて、この先無いかもしれない。カップの底に薄く残った生姜紅茶に映る寂しそうな自分の瞳に、また明日も会えるじゃない、と言い聞かせて、少し冷めた紅茶を喉に流す。仄かな辛い香りが舌に残る。もう少しだけ一緒にいたい、なんて。
そろそろ帰るね、と立ち上がった瞬間、玄関のドアからガチャ、と音がした。
「ただいま〜」
と、女の人の声がして、茶髪で線の細い綺麗な女性が入ってきた。穂波と同じ、深く澄んだ青い瞳の美人だった。
おかえり母さん、と穂波が言うので、彼女のお母さんなのは間違いないようだ。とりあえず名乗って、軽く挨拶をすると、穂波のお母さんは屈託のない笑顔で
「あらぁ、可愛い子!穂波が女の子連れてくるなんて〜!」
と、感激したように喜んで、わたしの顔を覗き込んで頭を撫でてくる。笑うときに細くなる目と、自然で透き通るような表情は穂波に少し似てる。穂波は困った顔で
「ちょっと母さん……!雪ちゃん困ってるから絡まないで。雨止んだから送ってくるね」
と、言う。ちょっと怒ったように口をむすっとさせる穂波にきゅんとしながら、わたしも帰る用意を始める。
「もう帰っちゃうの?雪ちゃんまた来てね。穂波、シャイだけど良い子だから仲良くしたげてね」
「か、母さん……!そういうのいいから!」
明るくて社交的でフワフワした、可愛い感じの穂波のお母さんと、クールで美人でカッコいい、綺麗な穂波。なんというか、あんまり……
「似てない……?」
「あはは、この子父親似だから〜!あ、雪ちゃん連絡先交換しない?」
「もう!母さん!雪ちゃんも、母さんに食われる前に逃げるよ!」
穂波に手を引かれて走る。お邪魔しましたー、と慌てて言って、彼女の家を出た。雨はさらさらと優しく降っていて、わたしがコウくんの傘を持つと、穂波も傘を持って隣に並ぶ。家には彼女の雨傘があったので、相合傘はおあずけだ。
少し、デートみたいだったんだけどな。
***
雨の次の日。人気のない図書室に少年がふたり。赤髪の少年と、色素の薄い茶の髪の少年。茶髪の少年……淡谷色が赤髪の少年……樋口紅に話しかける。
「コウも妹いるんだっけ?似てるの?」
「あァ……?んー、あんま似てねェべ。大体俺に似てたら可哀想だろうが、女の子だぞ」
「それもそうだな」
「髪色ももっと暗い赤だし、俺みてえにちゃんこくないしな」
「……あ、小さくないって意味?」
わり、方言だったか、と謝る紅。紅は身長162センチで、男子としてあまり大きい方ではない。女子とあまり絡まない彼は、女子の前では緊張して、標準語を使うのだが、友達の前ではたまに、方言がぽつと出る。
色は自分の妹、雪を思い出して、話を振る。
「なんか最近雪が反抗期でさぁ、忘れ物ないか?とか、転ばないように気を付けろよ、とか言うだけで怒るんだよな」
「反抗期って、お前ら双子だろ?でも、それ分かるわ。俺ん家でも梨帆がよぉ、部屋に入れてくれねェんだよな。スカート短えって言ったら怒られたし」
「分かる。こっちは
紅もうんうんと頷く。暫し互いの妹トークで盛り上がるふたり。Tシャツをシェアしたら怒られたとか、知らないうちに彼氏が出来ていたら不安だとか、父親に可愛がられてずるいとか、妹の読んでいた少女漫画の話とか、中学に上がったあたりから生意気になって可愛げが無くなったとか、他愛もない話がふたりの少年の間を飛び交う。
「でも」
ふと、色が呟いて、言葉を続ける。
「やっぱり可愛いんだよな」
ふっ、と笑う色に、紅もカフとイアリングのたくさんついた耳を左手で弄りながら同調する。
「頼られるとマジで断れねェよな」
「甘いモノ幸せそうに食べてるときとかも」
「可愛いよな。梨帆も甘いモン好きだわ。好きなだけ食わせてやりたいよなー」
その後も暫く、放課後の静かな図書室にふたりの少年の声がひそひそと遊んでいた。妹たちは知る由もない、兄貴ふたりの秘密の話。
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