第5話 相談

「なんかあったのかよ」


 ムッとした顔で聞いてくる兄貴のシキ。穂波は女の子。穂波はわたしの初恋の人。初恋の人は女の子。


 わたしはおかしいんだろうか。同性愛者?レズビアンって云うんだっけ、性同一性障害とは違うのかな。大体心と体の性別が違うとどうして障害者なの?わたしはおかしいの?


 ぐるぐると、そんなことばかり考えてしまう。切なくて気持ち悪くて、今まで意識したことも無いようなことに怒りを感じて。


 はあぁ……、と何度目かも分からないため息を吐くと、急に頭に衝撃が走って、ぺしっと音がする。


「聞いてんのかよ!俺ゆっちゃんのこと心配してるんだけど!」


「じゃあ叩くな。心配するのか怒るのかどっちかにしてよね。……ねえ、しっくん、」


「分かってるよ、誰にも言わない」


「ありがと……あのね、しっくん、わたし、女の子に恋しちゃった……」


 シキはぽかんとした。目を丸くして、いかにも驚いたという風だったが、その瞳は真っ直ぐでわたしを軽蔑したりおかしいと思ったりはしてないような色だった。


「そっか。取り敢えず、変なことに巻き込まれてるとかじゃなくて良かったよ。あ、まあ、おまえにしちゃあ良くないのか」


 シキは頭ごなしに人を否定するようなタイプでは無いことは知っているけど、やっぱり、いつもと同じ優しい瞳の真っ直ぐに安心してしまう。シキは……しっくんは、思ったことはハッキリ言うけど、自分の考えを簡単には押し付けない人だ。双子の兄って理由も勿論あるけど、そんなところを知ってるから、わたしはいつも、しっくんになら相談ができる。恥ずかしいから本人には言えないけど。


「わたし好きな人ができるのなんか初めてなの。知ってると思うけどさ。わたし、おかしいのかなぁ。穂波が女の子って頭では分かってるのに、なのに」


「普通じゃなきゃ駄目なの、ゆっちゃんは」


 わたしがのらくら喋っていると、シキはぶっきらぼうに、色を正してそう言い放った。言葉の意図が見えなくて、次の言葉を急かすように、シキの蜂蜜色の瞳を見つめる。


「普通から外れてたってそれが全部おかしいモノとは限らないだろ。普通がどうだとか、大事なのそこじゃないじゃん。ゆっちゃんがその、ほなみ?とかいうやつを好きかどうかだろ」


「わたしが穂波を好きかどうか」


「あくまで俺の意見だけど。普通だろうとなかろうと、俺がどう言おうとどう思おうと、価値はおまえが決めるもんだろ。自分の恋に責任持てよ。自分の気持ちに自信持てよ。自分の感情、簡単に嘘にしようとすんな」


 そうだ。わたし、シキにおかしくないって、雰囲気で言わせて、自分はおかしくないんだって思おうとしてた。ずるいことしようとしてた。自分の気持ちの行き先、シキに委ねてどうするんだ。


 初めての恋。それが皆と少し違っても、自分の好きなものを好きって言えるわたしじゃなきゃ、駄目だ。自分の好きに他人の許可を求めるようなわたしじゃ駄目だ。「好き」は特別な感情なんだから。


 両手で自分の両頬をパンッ、と叩いて、立ち上がる。


「ありがと、しっくん。わたしもう少し頑張ってみる!」


「……それでこそ俺の妹!恋は思案の外って言うしな!」


「何それ?……兄貴って言っても3分くらいだけどね」


「るせっ。10分は年上だよ」


 淡谷雪、十五歳。高校一年生にして初めて恋を知りました。


 初恋の相手は、女の子です。

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