第2話 前の席

「本当にありがとう、穂波!これからは夜は出歩かないようにする!」


「ふふ、それがいいよ。雪ちゃん可愛いから危ないし。じゃあ、おやすみ」


おやすみなさい、と返して彼の細長い背中を見送る。穂波の口からさらりと出てきた可愛いという言葉が何度も頭に響いて、にやけてしまう。多分穂波は無自覚にモテるタイプなんだろう。はあぁ……と玄関に座り込んで余韻に浸っていると、ぱたぱたという足音がして、見慣れた顔がひょいっとわたしの顔を覗き込む。


「どうかしたのかよ。なんかあったんじゃないだろうな、不審者とか……」


不機嫌そうに、少し心配そうに見つめてくるこいつは双子の兄のしきだ。流石に一目惚れしちゃいました、なんて言うのは恥ずかしいので、何も無かったと説明しておく。ちょっとつまらなそうにふうん、と言うあたり、もしかしたら何か勘づいているのかもしれない。双子だし。


なんて悠長に考えていると、シキが爆弾発言を落とす。


「じゃあさっきの何。彼氏?」


「はあぁあ!?見てたなら見てたって言ってよ!馬っ鹿、もー!」


恥ずかしくなって大声を出してしまう。してやったり、と笑うシキを押し除けて、走って階段を上り、自分の部屋に入って思い切りドアを閉める。ドアの向こうから、階段を駆け上る煩い足音と、ちょっとイラついたようなシキの声が聞こえた。


「何だよ、人が折角心配してんのに!」


「あんたは自分の心配しなさいよ独り身の癖に!」


「そういうこと言うかよ!?ってかゆっちゃんも同じだろーが!」


大声で喧嘩するのは日常茶飯事だが、五月蝿くし過ぎてしまって父さんに怒られた。お前らももう高校生なのに、と。


そうだ、明日は入学式なのだ。穂波も明日は入学式だと言っていた。穂波の制服姿……カッコいいだろうな、なんて思ってしまう。また会えたらいいのに。


制服の準備をして、早めに寝ることにした。


***


いつもより早く起きたわたしは、学ラン姿のシキと一緒に登校する。大きな門、綺麗な校舎、広い校庭。わたしたちが通うことになったのは、自由な校風ということで有名な私立凪沢高校しりつなぎさわこうこうだ。部活やイベントの幅が広く、授業の質もすごく高いらしい。難しい試験を頑張った甲斐がある。制服も可愛いし、なんて考えながら、ブレザーの袖を引っ張ったり、チェック柄のスカートを触ってみたりする。


クラスを確認してみると、案の定シキとは違うクラスだったので、途中で別れる。わたしはC組だ。少し緊張しながら自分の席に座ると、前の席には綺麗な黒髪の男の子が座っていた。生まれつき茶髪や金髪、赤髪や銀髪までいるこのご時世(瞳の色もみんな多種多様な感じ)、こんなに混じりけのない黒髪なんてちょっと珍しい。穂波みたいだなーなんて、自分の薄い色の茶髪を弄る。


しなやかでわたしより一回り大きい背中、さらさらの黒髪、細くて白いうなじ。なんか、本当に


「穂波みたい……」


小さい声で呟いたつもりだった。


けど、その子には聞こえてしまったのか、黒髪がしゃらっと揺れてその子が振り向いた。昨日の夜と同じ優しくて深い青の瞳がわたしを捉える。


「雪ちゃん……!?」


「ほなみ……!」


どうやら穂波も凪高に入学したみたいだ。よく考えれば、藍染あいぜん淡谷あわやなら、赤城さんとかが居なければ席は前後になってもおかしくない。でも、こんな奇跡がありえて良いのだろうか。わたしは浮き上がるような気持ちだった。三年間、穂波といられる事実が嬉しかった。もしかしたら、もう一生会えなくてもおかしく無かった初恋の人に会えたのだから。


穂波は、高校に友達居なかったから、雪ちゃんがいて良かった、なんてふわっと笑う。笑顔がとめどなく可愛い。


あぁ、好きだなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る