君は友達。

時瀬青松

第1話 夜の街

 夜の街を速歩で歩く。英語のノートを使い切ってしまっていたのをすっかり忘れていたから買いに来たは良いが、慣れない暗い街がどうにも怖くて早く帰りたかった。夜遊びなんてしたことも無いわたしは少し憧れていたけど、やっぱり向いていないのかもしれない。目的地のコンビニに着いたが、そこには絵に描いたような柄の悪そうなヤンキーが、煙草をふかしていた。できるだけ遠巻きに歩きながら自動ドアに近付いたつもりだったが、あと3歩というところで、ふっ、と目を上げたヤンキーとバッチリ目が合ってしまった。


「……嬢ちゃんさ、お金持ってない?」


「ひえ……持ってない、です……二百円しか……」


 口に出してから、何故か正直に言ってしまった自分の口を呪った。案の定、ヤンキーさん(仮)は


「持ってんじゃねェか。……悪いんだけどさー、ちょーっとばかり貸してくんねェか?絶対返すからよォ」


 と、近付いてくる。やばい……。ピアスバチバチに空いてるし大体絶対同い年くらいなのに煙草してるし……頭真っ白、顔面蒼白ってこういう時に使うんだろうな、なんて考えてしまう。


 諦めてお金を渡して無事に帰ろう、そう思ったときだった。すっきりとよく通る澄んだ声が、わたしの前に立ちはだかった。


「この子困ってます。やめてくれませんか」


 涙目のわたしを庇ってくれたのは、わたしより一回り大きな線の細い背中。綺麗な混じりけの無い短い黒髪がさらっと風に靡いて、整った形の唇が口パクで、


「大丈夫」


 と言った。ヤンキーさんはチッ、と舌打ちして退いた。案外優しいヤンキーさんだ、と何故か安心していると、黒髪の男の子に手を優しく引かれた。


 コンビニに入って、彼は優しくわたしに微笑みかける。


「大丈夫だった?あんまり夜遅くに出歩くのはお勧めしないな」


「あ、あの、はい……あ、ありがとうございますっ!夜出歩くの殆ど初めてで……。こういうのも初めてで、本当になんてお礼言っていいか……っ」


 感極まるわたしに少し困ったように、眉を下げて笑う彼はいいよそんなの、と何処までも謙虚な感じだ。ノートを買ってコンビニを出る。何も買わずにただ隣に居るのを見たところ、彼は本当にわたしを助けるためだけにコンビニに来てくれたようだった。優しい人だな、と感動する。


「よければ送って行くよ。

 ……って、知らない人に送られるのなんかちょっと怖いかな、ごめんやっぱり」


「いえ!いっ、いえ、怖くないです……その貴方が良ければお願いしてもいいですか?ちょっと怖くて、ごめんなさい」


 嘘です、半分は。本当はもう少しだけ話してみたいと思った。迷惑だと思われるかもしれないけど、こういうのは勢いが大事だ。彼はいいよ、と優しく承諾して、自然に車道側を歩いてくれる。彼氏ができたらこんな感じだろうか……なんて考えて恥ずかしくなる。


 いやいや、失礼過ぎるぞわたし。


「あの、お名前聞いても良いですか?わたしは淡谷あわやゆき、高校一年生です」


「雪ちゃんか。素敵な名前だね。自分は藍染あいぜん穂波ほなみっていうんだ。……というか、高校一年生なら同い年だね。敬語外していいよ、自分もそうするから」


「えっ……年上だと思ってた!穂波……って呼んでいいかな?穂波、大人っぽいから」


 藍染穂波、あいぜんほなみ……その綺麗な名前を頭で何度も繰り返す。やっぱり綺麗。落ち着いてよくよく見ると、穂波の横顔はとても綺麗で、鼻がすっと通ってて、青い瞳が透き通っていて、精悍でいて何処か繊細で、綺麗とか美しい、って言葉が似合いそうな、かっこいい顔立ちだった。


 いとも簡単に、気付きもしないうちに、雫が水面に落ちるみたいに……わたしはこのとき恋に落ちたのかもしれない。ピトン、と透き通った音を立てて、貴方が心の水面に小さく波を立てて、波紋が広がって、明確な理由も無いままに。


 貴方が好き、そう思った。

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