第3話

 草原を割くようにまっすぐとのびた街道を、馬車に揺られながら進む。

 僕は村を離れ、西の王国──なんて名前だったか──に向かう旅の途上にあった。


 実のところ、自分の足で走ったほうが速いのだけど、それは言わぬが花である。ちょっと旅というものを味わいたいのだ。


 西の王国に向かう目的は二つある。


 一つ目はより強くなるための拠点を拡げること。

 村から移動できる範囲の魔物では弱すぎて、もうレベリングに適さなくなったからだ。試みに魔物を倒す数を増やしてはみたものの焼け石に水だった。


 裏を返せば、それだけ強くなれたということでもあるのだけど。とにかく、安全を保ちながらレベルアップ可能な魔物を求め、活動範囲を広げる必要があった。この一年ほどは土地から土地への旅を繰り返しているのである。


 もっとも、折を見て村の様子を見に帰っているのだけど。ありがたいことに、一度たどり着いた土地であれば瞬時に移動が可能だ。転移魔法さまさまである。ファンタジー世界で良かった。

 近頃は自分も連れて行けと主張する妹が悩みの種だ。今のところは旅先の土産物でなんとか懐柔に成功している。


 もう一つは、魔王について探ること。

 村に攻めてくる時点の彼について、その能力や強さがゲームで語られることはなかった。何も知らないと言って良い。魔王化する前よりは弱いだろう、という程度だ。


 西の王国はエルフ族の住まう森と接しており、ささやかながら親交があるらしい。エルフの王族である彼の情報が得られる可能性がある、という事でやってきたわけだ。


「お客さん、そろそろです。次の丘を超えたら城壁が見えてきますよ」


 御者のおじさんが声をかけてくる。


「お客さんが居てくれて助かりましたよ。街道に魔物がでるなんてこたぁ、今までなかったんですがねえ」


 若すぎる旅人ということで、はじめは胡乱な目で見られていたけれど、魔物を撃退する僕を見て態度を改める気になったらしい。年配の人に敬語を使われると少し居心地が悪い。


「こちらこそ。土地勘のある人達とご一緒できて助かりました。初めての土地ってなんだか不安で」


 僕はこの世界の地理を把握している。それが複雑に枝分かれした迷宮であってもだ。それでも道に迷うことがしばしばあった。

 俯瞰して見る風景と、一個の人間として見るそれは大違いなのだ。あらゆる才能に恵まれていても、道に迷うことは避けられないらしい。強さだけでは世界を救えないらしい。


「前方に魔物! でかいぞ! 襲われている連中がいる!」


 先行していた護衛がこちらに戻りながら警告を発する。最後まで聞かず、武器を手にとり馬車から飛び出す。馬車を置き去りにして丘を駆け上がる。視線の先、前方の平野に豪奢な馬車と武装した兵の集団。すでに半数ほどが地に伏している。そしてそれを襲う魔物──魔物?


 巨大な猿を思わせるその姿──尾のかわりに複数の蛇を生やしている──を見て、背筋に冷たいものが伝う。

 が、迷う暇はない。


「光よ!」


 駆けながら魔法を放つ。間をおかず伸びた熱線が魔物の頭部へ直撃する。ダメージは期待していない。こちらに意識を向けさせるのが先だ。剣を抜き放ちながら距離を詰める。


 新たな敵の接近に気づいた魔物が咆哮をあげ、体ごとこちらを向いた。兵士達は馬車の周囲を固めるようだ。壊滅状態にも関わらず動きに迷いがない。


 魔物の間合いにあたりをつけ、その手前で方向を変える。魔物を中心に弧を描くように走りながら、繰り返し熱線を放つ。この魔法は速射性と弾速が売りだ。威力が弱い分、魔力消費も少ない。


 猿の魔物が近づこうとする度、こちらも後退して間合いを保つ。魔法で牽制するのも忘れない。徐々に馬車から引き離しつつ魔力を練り、機をうかがう。


 業を煮やしたのか、魔物がこちらに向かって大きく飛び上がる――宙に浮くなんて良い的だ!

 僕は最大限の魔力を込め、魔法を放った。

 轟音とともに空へ伸びた閃光が雲に穴を開けたあと、一瞬間をおいて死体が落下した。


 さらに数秒を置いて、兵士たちの熱を帯びた声があがりはじめ、やがて歓声となって辺りに響く。


 それを聞きながら、僕は自分の心が冷えていくのを感じた。


 結果から言えば、大した魔物ではなかったのだろう。

 上半身を吹き飛ばされた魔物の死体──完全にオーバーキルだ──を見下ろす。それでも、勝利を祝う気分にはなれなかった。口の中が渇く。


 こんな魔物は、知らない。

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