第2話
この世界の主人公として、僕は生まれ直した。
あ、いや、正確にはゲームの主人公と同じ人物として生まれ直した、というべきかも。一応、世界を救う勇者の役割を与えられたのだし、少し舞い上がってしまうのは見逃してほしい。
新しい家族は父と妹に僕を加えた三人家族。王都にほど近い山中にある小さな村に住んでいる。周辺には目的地となるものは存在せず、人の出入りは驚くほど少ない。
この村には代々、魔王と勇者の伝承が伝わっていて、村の人たちは僕が未来の勇者であることを知っている。
この辺りの背景はすべてゲームと一緒だ。
世界そのものだけでなく、そこに生きる人間まで同じとは。模倣の域を完全に超えている。神のみわざに感嘆するべきか、手抜き加減に呆れるべきか。
死者蘇生も再現してくれれば楽だったのに。
※
この世界の魔王は、元はあるエルフ族の男性だ。彼が魔王となった原因は人間族の愚行にある。
エルフの姫君が流した涙は宝石に変化する、という与太話を信じたごろつきが、姫君を拉致、拷問の末に殺してしまう。殺された姫君の兄である彼――つまりエルフ族の王子――は人間への復讐を誓い、力を求める。そして、古代の禁術によって異形の怪物へと成り果てるのだ。
まだ魔王の力を手にする前の彼が魔物を従え、障害となり得る勇者の故郷を襲撃する場面がゲームのオープニングだ。
これに対する僕の方針はシンプルである。
それは可能な限りレベリングを行い、村への襲撃が行われた時点でこれを返り討ちにするというもの。
ゲーム通りの展開になった場合、きっと魔王を打倒することは出来ないだろう。決して難しいゲームではなかったけれど、それは蘇生魔法が存在したからだ。全滅してもセーブポイントからの復帰だったし。慎重に行動しても敵の奇襲やクリティカルによる一撃死のリスクを排除しきれない。死後の復活が見込めない状況で、強敵との戦闘を繰り返すのは現実的じゃないと思う。
村への襲撃時点なら、彼はまだエルフ族のままで魔王の力を手にしておらず、従えている魔物の質も相応に低い。レベリングさえ十分にしておけば敗北はないだろう、というのが僕の見立てだ。
そんなわけで、物心がつき、自由に動けるようになってからは訓練に明け暮れた。
毎日、限界まで肉体を酷使する。どれほど疲労しても翌日には回復するという、妙なところだけゲームに準拠した仕様のおかげか、僕の体は驚異的な速度で強化されていった。
僕は訓練に没頭した。自分が成長しているという感覚は、前世では味わえなかったものだ。村の人にも若干変人扱いされたけど、鍛えた体の全力で駆け回る喜びには抗えなかった。
束の間、暗い想い──前世の僕は不幸だったのだな、という──に囚われることもあったけど、現在の喜びはそんなものを押し流してくれる。
そして、成長を重ねた僕が村の大人たちよりも強くなった頃、魔物退治を開始したのだった。
※
魔物を倒すことでレベルが上がる、という現象は、選ばれた存在にのみ与えられた奇跡なのだそうだ。
何かを殺すことにいんせんてぃぶを与えたら、みんなが殺し合って世界がめちゃくちゃになるよ、とは神様の弁。それで他所の神様がいくつかの世界をダメにしたのだとか。
もちろん、僕にはその奇跡が与えられている。
魔物を探して追い回し、殺して殺して殺して回る。
命の危険を感じたのは初めのうちだけ。数回のレベルアップを経た今では、村の周囲に障害となる敵は存在しなかった。
僕には武器が三つある。
一つは、勇者の肉体。こと戦うことについては人類最高のポテンシャルを持っている。
一つは、時間。村が襲撃されるのは僕が十八歳の誕生日を迎えた日だ。己を鍛え上げる時間は十分にある、
そして、最後の一つが前世の知識。僕はこの世界、とりわけ魔物の特徴や強さ、生息地域などを熟知している。
魔物の群れに囲まれても対処可能な実力差を保ちながらレベリングを繰り返すことは、そう難しくはなかった。
一番の難敵は、これが現実の戦闘だという事。
剣を通して伝わってくる、肉を斬る感触。骨を断つ感触。
その後に漂う血の匂い。
前世では想像することさえなかったそれらは、僕の心に想像以上の負荷をもたらした。
いつかは慣れるのかもしれない。
でもまだしばらくは無理そうだ。
※
「お兄ちゃん、また森に行ってたの?」
背後からの声に僕は体を震わせる。気配をまるで感じなかった。
恐る恐る振り返り、そこに少女の存在を確認する。母親譲りであるらしい赤毛と、気の強さを窺わせる瞳が印象的な少女──僕の妹は、腰に手を当てながら柳眉を逆立てていた。彼女は静かに怒っていた。
「ああ、うん。魔物を狩に山奥に、ね」
なんだかバツの悪さを感じて言い訳がましく返答する。
ゲームにおける彼女の役割はオープニングで終了する。村が襲撃された際、魔法に長けた彼女は勇者の姿に変化して囮になり、その結果死亡する、のだけど。
現在の彼女からはそんな未来は想像できない。
彼女はもっと優しい印象だったのだけど。神様がまた余計な仕変を行ったのか。
彼女は言葉を発し始めた頃から、あらゆるものに怒りを表明した。空腹だと言っては怒り、退屈だと言っては怒り、僕が自分を置いて外出したと言っては怒った。
そして、その矛先はしばしば僕に向くのである。フィクションが育てた僕の妹という概念は、非情な現実に粉砕されたのだった。
「そんなの、村の皆でやれば良いじゃない」
「それは無理なんだ」
村周辺の魔物なら問題ない。村人だけで狩りつくせるだろう。
でも、それでは足りないのだ。僕が倒すべき魔物はもっと強い。そうでなくてはレベルが上がらない。
村人達を強くすることも考えてはいた。だけど、魔物を倒した瞬間に強くなる、なんていうデタラメな現象は彼らには起きないのだ。
「仕方のないことなんだよ」
僕は重ねて説得しようとした。なんだか言い訳しているみたいだ。
「だけど、お兄ちゃん一人に全部押し付けるなんて、おかしいじゃない!」
彼女は怒っていた。でも、その矛先は僕じゃない。この世界か村人か、もしかしたら彼女自身に向いていた。
鼻の奥がつんとする。僕の判断は合理的で、彼女の怒りはそうじゃない。
それでも嬉しいのはどうしてだろう。
「大丈夫。僕に任せておいてよ」
僕は心からそう言った。
この世界も、この人生も失いたくない。
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