第4話
魔物を撃退した僕は、負傷した兵士の治療を手伝うことにした。大勢の負傷者をそのままにできるほど、僕の神経は太くない。
彼らからすれば怪しい存在だと思うのだけど、僕の申し出はすんなりと受け入れてもらえた。
対象が一人であれば、僕の治癒魔法は最高位のものだ。生きてさえいれば全快できる。重傷の兵士を選んで魔法をかけると、まるで時間が巻き戻されるように傷が癒えていく。少し気持ちが悪い。
周囲の兵士から驚愕と称賛の声があがり、羨望とも畏怖とも知れない視線が集まった。なんだかむずがゆい気分になってくる。
こちらの世界に来てから自覚したのだけど、僕は調子に乗りやすい人間らしい。つい先程までは正体不明の魔物に戦慄していたのに、気分が高揚してしまう。自分がこれほど単純な人間だとは思わなかった。
顔が緩みそうになっていることに気づき、慌てて表情を引き締める。僕、何かやっちゃいました?
騎士を名乗るおじさんから、是非御礼がしたい、との申し出があったのはその後のことだ。
その日は紹介された宿──貴族も利用するような高級宿らしい──で過ごすことになった。
※
翌朝、王家の使者を名乗る人物の訪問を受ける。僕が助けたのはこの国の王女様とその護衛とのこと。なんてベタな展開なんだ!
正直なところ期待はしていた。一見して豪奢な馬車と練度の高い兵士。そこに身分の高い人物が居ることは明らかだったから。
そこからは流れるように手続きが進められ、王様との謁見が開始された。大臣を名乗るおじさんから、王女様を救ったことに対するお褒めの言葉や報奨金を与える旨などが仰々しく伝えられる。
それらを頭を垂れたまま聞く僕に、王様が直接話しかけてきた。
「率直に問おう。余に仕える気はないか。そなたの望む条件で遇しよう」
王様の言葉に、腹の奥が熱くなるのを感じる。人から認められることは嬉しい。人助けをして感謝されたことはあるけど、偉い人に称賛されるのは初めてだ。
受けるわけにはいかないのだけど。
「お誘いは大変うれしいのですが、お受けすることはできません」
「それはなぜだ? 地位も財産も思うままだぞ。余の一族に加えることも
あまりの発言に周囲が騒然となった。魔物が
僕は王女様をそっと盗み見た。年の頃は僕と同じか少し下、妹と同じくらいに見える。栗色の髪と青い目をした愛らしい少女だ。王様の突飛な発言にも関わらず、上品に微笑んでいる。
それでも、表情の強張りを隠せてはいない。僕には恐れと哀しみが見てとれた。これは彼女の望みではなさそうだ。
彼女からすれば、僕は何処の誰とも知れない、化け物を倒した化け物だ。いきなり結婚の話などされて飲み込めるはずがない。親から景品扱いされて悲しまないはずもない。
王女様、という言葉に僕は魅力を感じる。救世の英雄に、王道の物語に相応しい感じがする。
だけど、それはただそれだけのことだ。望まない婚姻を強いるなんて、僕のなりたいものとは違う。
なんとか穏便に辞退しようと口を開きかけたその時。
※
王女様を中心に現れた光の柱は、何事もなかったかのように消え去った。王女様は無事──に見える。突然の出来事に、同席する人々も硬直したままだ。
「やあ、驚かせてすまないね」
王女様が口から、聞き覚えのある男性の声が発せられる。違和感がすごい。僕は口を半開きにしたまま動けなかった。
「あー、わたしの声、覚えてないかな? 遅かった?」
王女様の姿をしたそれは、自信なさげな表情で問いかけてくる。王様たちの前でこのまま話をすすめてよいものか迷う。かといって、場を取り繕う言い訳も思いつかない。意を決し、僕はそのまま会話することにした。
「あの、神様ですか? 以前お会いした」
「そうそう。間に合って良かったよ。忘れられたかと思った」
「……お言葉に不穏なものを感じるのですが、何かトラブルが?」
「そう! トラブルなんだ。この女の子は特別でね。神託を受け取る才能があるから、こうして来たわけだよ」
君の勇者の才と同じくらいのチートだよ、とどこか自慢げに語る。
「あまり時間をかけるとこの娘に負担がかかる。時間もないし手短に話そう。君の記憶は失われ始めている。正確には前世の記憶が、だ。転生前に私と話した内容も含まれるだろう」
口の中に苦いものが広がる。その可能性を考えないわけではなかった。猿の魔物が未知の存在ではなく、だた忘れただけである可能性を。でも、原因がわからない。
「なぜ、そんなことに? 前世の知識を広めるようなことはしていません」
「君の世界でいう生態系を乱したことが原因みたいだ。魔物を効率よく狩りすぎたんだね。他の生物にも影響がでて、それがこの世界への過剰な影響と判断されたのだと思う」
「そんな……。魔物を狩ることについては神様にも相談したじゃないですか」
「うーん、やり過ぎは禁物とか話さなかったっけ? それも忘却してるのかも」
本当に? という疑問をなんとか飲み込む。事実かどうか確認しようもないし、知るべきことは他にある。
「その忘却はどの程度進んでいるのですか? 戻す方法は?」
「今はまだ部分的なものだ。だけど、あと数日のうちに大半の記憶を失うと思う。戻す方法は……無いと考えてほしい。努力はするけど約束はできない」
すべての前提が覆ってしまった。村が襲撃されるタイミングも忘れてしまうなら、その時に自分が不在という可能性すらある。重要情報を文書に残す? いや、人に話すほうが良いかもしれない。村の人ならきっと信じてくれる。両方やるとして、どの情報を残す? 全部? 前世の記憶をなくした僕が、その情報を適切に利用できるだろうか? そもそも今ある記憶で足りるのか? 試す価値はある。だけど確実とは言えない。
考え込む僕に神様が声をかける。
「不幸中の幸いというか、対象はこの近くに居るんだ。直接叩くのが速いよ。大丈夫、今なら君はこの世界で一番強い。それこそ魔界にでも行かなければ、君にかなう相手なんかいやしないさ」
確かに、それが現実的な手段ではありそうだけど……。
「でも、相手の顔や居場所がわからないです」
「エルフの王族は緑色の髪をしているから、それを目印にすれば良いさ。今は二人しかいない。お年寄りは白髪になっているしね。相手を間違えることはないよ」
そんな設定あったっけ? 僕の記憶にはない。
僕の困惑を気にも留めず、神様はエルフの郷への道筋を説明する。ここから西にある大森林、その奥地にある巨大な湖の先にエルフの郷が存在するという。
「じゃ、そういうことでよろしく。」
軽薄にも思える発言の後、再び光の柱があらわれ、消えた。後には呆然としたまま直立する王女様と静寂が残される。誰も言葉を発しない。
失いつつある前世の記憶から、僕は様々な神話とともに思い出す。
神様というのは、いい加減で勝手なものだと。
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