15年の片思い

ジョンブルジョン

15年の片思い

         1日目


 私が彼と最初に出会ったのは、高校の入学式の時。


 校門から校舎へ続く道で、たまたま見掛け、何故だか目を奪われた。


 中性的な顔立ちに、陽の光が当たると茶色っぽく見える、細い髪の毛。

 

 体付きも線が細く、中学から上がったばかりと言う事を差し引いても、同年代の子と比べて華奢な感じだった。


 今思えば、その時から既に、彼に惹かれていたんだと思う。


         2日目


 私は彼と、同じクラスになった。


 自分の中にある淡い恋心に、まだ気付いていなかった私は、ただただ嬉しかった。


 自己紹介で彼は、本を読むのが好きと言っていた。

 他の子が、趣味は何々と言う中、彼ははっきり、好きと言い切ったのが印象的だった。


        10日目


 彼は意外と暑がりで、まだ肌寒く感じる事も多い季節にも関わらず、教室へ着くや、学生服のボタンを外し、前をはだけている姿を度々目にした。


 その度に白いワイシャツが私の目に飛び込んで来て、ドキリとさせられる。


 今日も彼は上着を中途半端に脱ぎ、授業が始まるのを待っている。


 私は、たまたま手に持っていて、たまたま彼の方に向いていたスマートフォンで、たまたま起動していたカメラアプリで彼を捉えると、何の気無しに、シャッターボタンを押そうとした。


 その時不意に彼が私の方を振り向き、私は驚いた拍子にシャッターを切ってしまった。


 彼は笑うでも、怒るでも無く。

 少しだけ驚いた様な微妙な表情を残し、また前を向いた。


 そして私のスマートフォンの中に、そんな微妙な表情をした、でも、私の事をじっと見つめる彼の写真が残された。


        20日目


 彼は休み時間中の大半を、本を読み過ごす事が多い。


 クラスに馴染めていない訳でも、友人が居ない訳でも無い。


 話し掛けられれば会話するし、本を読む時間を削られ、機嫌を悪くする訳でも無く、むしろ楽しそうに話している。


 男の子とも、女の子とも、分け隔て無く話しているし、会話の内容も、いつの間にか彼が中心になって話していたりする事も多い。


 話す事が嫌いな訳じゃ無く、それ以上に本を読むのが好きなだけ。


        21日目


 私は今日、思い切って彼に話し掛けてみる事に決めた。


 スマートフォンの一件以来、何と無く話し掛けづらく、未だに話した事が無かったのだ。


 近付くだけで鼓動が早くなる。

 

 ちょうど今、彼は一人本を読んでいる。


 何の本を読んでいるのか聞いてみた。


 彼は意外にも私の名前を知っていて、恋愛小説だと教えてくれる。


 少し意外だった。もっと男の子っぽい、例えばSFやファンタジーなんかを読んでるのかと思ってたから。


 本では無いけど、私も恋愛小説は読む。


 スマートフォンの画面に、私が良く読むネット小説のサイトを表示させ、彼に見せる。


 彼も興味を持ったみたいだったので、サイトのURLを教えてあげた。


        25日目


 彼と話すのは楽しい。


 同じネット小説を読み合い感想を言い合ったり、彼のお勧めの本を貸してもらったり。


 彼と話すのは凄く楽しい。


 そんな日がずっと続くと思っていた。


        37日目


 連休が終わり彼とまた会える。


 休みの間はお互い会う事もなく。


 ネット小説や本を読んで過ごし、稀にスマートフォンのショートメールで、感想を言い合ったりする程度。


 そんな短いやり取りでも、私は充分幸せな気持ちになれた。


 昨晩もショートメールで、また明日を言い合って。


 でもそれが彼と交わす最後のメールになった。


 その日彼は、学校に来なかった。


 その日から2度と、彼は学校に来る事は無かった。


        38日目


 彼が登校中、事故に遭った事を聞いた。


 スマートフォンが手から滑り落ち、画面にヒビが走る。


        45日目


 面会謝絶が解け、やっと彼の御見舞いに行ける事に。


 クラス全員で話し合い、余り大勢で押し掛けるのも迷惑になるとの事で、日替わりで数人ずつ行く事に。


 私は初日に立候補した。


        46日目


 放課後、昨日決まったクラスの数人と連れ立って、彼が入院している大学病院へ向かう。


 皆一様に無言で重苦しい雰囲気の中、病院へ到着すると彼の両親が出迎え、病室へ案内してくれた。


 彼の居る病室へ通されると、白いベッドで静かに眠る彼が見える。


 聞いた話だと、手術自体は無事終わったが未だに彼は目を覚さないらしい。


 事故に遭ったとは思えない綺麗な寝顔を眺めていると、急に涙が溢れて来る。


 我慢しようにも、次から次と溢れ出て止められず、思わず病室から駆け出してしまった。


        72日目


 クラスでの御見舞いは一通り終わり、その後もポツポツと見舞に来ていた級友達も、今ではすっかり足を運ばなくなっていた。


 いくらお見舞いしても、本人は眠ったまま。


 それでは見舞う方も辛い。


 それでも私だけは通い続けた。


        95日目


 彼の両親とは良く話すようになった。


 彼の好物は、カレーとハンバーグ。


 意外と子供っぽい。


        128日目


 明日、彼はここを退院し長期入院向けの療養病院へ移る。


 同じ病院には、長く入院出来ないんだそうな。


 今より少し遠くなるけど、御見舞いを辞めるつもりは無い。


        200日目


 私は一冊の本を持って御見舞いに訪れた。


 彼が好きだと言っていた作者の新刊が出ていたので、読み聞かせようと思い持って来たのだ。


 すっかり顔馴染みになったご両親と挨拶を交わし、病室へ入る。


 窓を開け、ベッドの横に備えられた椅子に座り、彼に聞こえる位の声で読み始めた。


        241日目


 一冊終わると、次は私のお勧めを読み聞かせる。


 読み終わった本は病室に置いて行く。

 

 彼がいつ目覚めても良いように。


        1095日目


 今日は高校の卒業式だった。


 私はこの春から社会人になる。


 この療養病院の近くに有る、小さな会社に就職が決まっているのだ。


 会社の近くにアパートも借りた。


 両親を説得するのは少しだけ大変だったけど、これで彼の近くに居る事が出来る。


        1403日目


 今日は仕事が遅くなって彼の御見舞いに行けなかった。


 毎日行ってる訳じゃ無い。けど、今日は行こうと思っていたのでショックが大きい。


 写真立て代わりに自室の机に置かれた、画面にヒビの入ったスマートフォンの電源を入れると、微妙な表情の彼と視線が合う。


 暫く流していなかった涙が頬を伝った。


        2114日目


 私はタブレットを持って彼の病室に訪れる。


 自分でも小説を書いてみた。


 内容は、高校生の初恋を描いた恋愛小説。


 本を読むのが好き同士の男女が、お互い惹かれ合って行く、そんな良く耳にする有触れたお話し。


        2331日目


 私の書いた小説の2人は恋に落ち、ハッピーエンドを迎えた。


 頬を伝わる涙が一筋、跡を作る。


        2805日目


 同じ職場の先輩に告白された。


 結婚を前提に付き合って欲しいって。


        2806日目


 2つ上の先輩には、私が入社した時からずっとお世話になっている。


 優しくて、でも仕事には厳しくて。


 真面目だけど堅物では無く、時々冗談を言い合って笑い合う。


 そんな先輩。


        2807日目


 ねえ、私はどうしたら良い?


 私の問い掛けに彼は答えてくれない。


 ただ静かに眠るだけ。


        2808日目


 余り待たせるのは先輩に悪い。


 明日返事をしようと、心に決める。


        2809日目


 好きな人が居るからと断った。


 何度も謝った。


 先輩は寂しげな笑顔で私を許してくれた。


        2841日目


 先輩は本社へ転勤するんだって。


 送別会の後、一緒に着いて来て欲しかったと言われた。


 そして私の恋が実るのを、応援してる。とも言ってくれた。


 有難う。そしてさようなら、先輩。


        3722日目


 今日も変わらず本を読み聞かせる。


 病室はちょっとした図書室のようになっていた。


 他の入院患者さんや、時には看護師さんまで本を読みに来る。


 貸して欲しいと言われれば、私は快く貸し出した。


 本棚を置いてくれたご両親と、置く事を許可してくれた病院に感謝している。


………………

………


        5475日目


 いつもの時間、私が病室に入ると彼は上半身を起こし、静かに窓の外を眺めていた。


 私は持っていた本を取り落とし、床に落ちる音が響く。


 その音で彼はこちらを振り向くが、その顔はあの時の、笑うでも、怒るでも無い微妙な表情。


 私は彼に駆け寄り思い切り抱き付く。


 そして私は15年待った言葉を口にする。


「おはよう。貴方が好き……」

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