第66話 チタの町へ

■シモーヌ川 運搬船  ~第6次派遣1日目~


レンブラントの船はタケル達を乗せてすぐに出発した。


船は風の聖教石を作ったときと同じものだったが、今回は積荷が山のように積まれている。


タケル達は船首の一画に敷き皮を敷いて座らせてもらった。


レンブラントから連絡があったのだろう、船員達は乗り込むときも非常に丁重な対応をしてくれた。


シモーヌ川は日本でも大きな川の部類に入るだろう。

川幅は100メートルをゆうに超えている。

ゆったりとした流れの中を船が下っていく。


今は追い風なのか、下りでも帆を張っている。

これなら、思ったよりも早い時間にチタの町へつくかもしれない。


「マリンダは、チタの町には行ったことがあるの?」


「私は教会の仕事で2度行ったことがございます」


「どんな町だったの?」


「チタは西方州と南方州から皇都に来る際の入り口になる町で、交易の中心として栄えています」


「美味しいものとかある?」


「タケル様のお口に合うか判りませんが、川魚や南方の野菜料理等が有名だと思います」


(そういえば、魚をまだ食べて無かったか)


「海の魚とかは無いのかな?」


「海?ですか? 南方州に行けばあると思いますが、それ以外では海の魚を食べることは無いと思います」


「ひょっとして、マリンダは海を見たことが無いの?」


「はい、知識としては南方州の南が海であると、教会で教えてもらいますが、見た事はございません」


(まあ、移動手段が馬車中心だとそうなるんだろうな)


「じゃあ、いつか一緒に見に行こうか?」


「はい、ぜひご一緒に!」


(いかん、いかん、これでは彼女と旅行してるノリだ)


「勇者様方、レンブラントの旦那から、これをお預かりしとります」


船員の一人が果実酒のビンと干し肉の包みを持ってきてくれた。


「それと、勇者様にはお礼を言わせてくだせぇ」


「お礼?」


「へい、勇者様が風の石を下さったそうで、おれ達は随分と楽になりました。上りが今までの半分の時間で帰れます。おかげで稼ぎも増えることになりそうですんで」


頭を下げて、船尾の方へ戻って行った。


川の流れは相変わらずゆったりしているが、上りだとかなり大変だろう。

向かい風が続けば、船は下流の町で止まってしまい荷が運べなくなる。


レンブラントにとっては、大きな聖教ランプで夜便を走らせるよりは、風の石で効率化できるほうが、はるかに価値があったようだ。


(1個2000万円だしね)


着くまでにすることも無いので、昼だが果実酒と干し肉をいただくことにした。


「じゃあ、二人の初旅行に乾杯!」


カップをぶつけて、船上ランチを始めた。

マリンダも昼から飲むことに抵抗は無いようだ。

もっとも、今のマリンダはタケルが言う事は全てYESのような気もするが・・・


あたりの景色は単調だ、ほとんどが雑草地で未開拓の平野部が続く。

果実酒も二人であっという間に空いてしまった。


緩やかな船のゆれで、少し眠気が襲ってくる。

横のマリンダは微笑みながら、タケルを見つめている。


(やはり夢をかなえるべきだな)


タケルはマリンダの伸ばした太ももへ頭を乗せた。

見上げるとスーパーモデルの優しい笑顔が見える。


(ここは天国か)


しばらく天国で寝かせてもらうことにした。


目覚めたときも太陽は高かったが、時計を見ると15時だった。

1時間以上寝ていたようだ。


「ゴメン、足がしびれたんじゃない?」


「いえ、タケル様の寝顔を見ていて幸せでした」


(破壊力抜群のセリフだな)


「じゃあ、交替しようか?」


「?」


タケルは座りなおして、太ももをポンポンと叩いた。


少しはにかみながらも、マリンダはタケルの太ももに頭を乗せて横になった。


タケルはブロンドの髪を指でやさしく梳く。

目を閉じた白磁のような横顔は睫の長さが際立って見える。


しばらく髪を触っているうちに眠ったようだ。

深く、ゆっくりとした呼吸に変っている。


(見ていて幸せは、こっちのセリフだな)


■皇都州 チタの町


チタの町には、日暮れ前に着いた。

このまま、転移でスタートスに戻ることも出来るのだが・・・


「せっかくだから、町を見て周ろうか?」


今のマリンダにはタケルにNOと言う答えは無かった。


チタの町はムーア程の規模ではないが、人と物がたくさん行き交っている。


レンブラントの荷もそうだが、此処で荷揚げされて皇都へ、または皇都から運ばれるて来るのだろう。


荷揚場から続く通りには色々な店や露天商が並んでいる。


途中の露天で、マリンダに髪留めを買った。

こちらの女性はあまり装飾品をつけていない、マリンダの髪留めも木製で色気の無いものだ。


青と緑の石が埋め込んだ髪留めで、マリンダのブロンドの髪に良く映える色だ。


「ありがとうございます!ところでタケル様は、お金はどうされたんですか?」


「ああ、レンブラントさんの仕事を手伝って、報酬をもらったんだよ」


「そうでしたか」


(しつこく聞かないところが最高だな)


「この町にも教会はあるんでしょ?」


「ございます、一度お手伝いに伺いました」


「ここの教会には転移の間はあるのかな?」


「さあ、それは存じ上げませんが・・・」


百聞は一見に如かず、二人で教会へ行ってみることにした。


教会は通りの突き当たりだった。

どの町も協会を中心に町が構成されているようだ。


教会の前で馬車と大勢の人が輪になっている。


(トラブルか?)


人垣の横から覗き込むと、若い男が血まみれで倒れているのが見えた。


「光の魔法士様はおらんのですか!」

「いまは、皇都に行かれています」


倒れた男の横では、年配の男性二人が大声でやり取りをしている。

一人は服装から見て、教会の人間のようだ。


マリンダと二人でけが人の横に駆け込んだ。

頭の横から大量に血が出ているようだ。


「どうしたんですか?」


「荷下ろし中に荷が崩れて、横を歩いていた坊ちゃんの頭に当たったのです!」


「マリンダさん、何とかなる?」


「私はこのような大怪我は治療したことがございません・・・」


(そうか、俺が挑戦しても良いけど)


「じゃあ、この聖教石を握ってやってみてよ」


タケルはリュックから、光の聖教石(治療用)を取り出して渡した。


「いつもと同じようで大丈夫ですから」


Noといわない美女マリンダは素直に石を持って目を閉じた。


-暖かい空気がマリンダから聖教石を伝わって流れる。


倒れた男の顔の血色が良くなって来た。


「オォー!」


周りから歓声があがる。

まだ目は覚まさないが、確実に癒しの魔法効果があった。


マリンダと目を合わせて、笑顔で頷く。


「その石はどうしたのだ」


声に振り返って立ち上がったタケル達を、教会の男たちが囲んでいた。


(なにか文句でも?)

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