第22話 森での出会い 後編

■スタートス近郊の森


リアンだ!


タケルは狼のほうに駆け寄ってランプを地面においた。

「リアン!」

声を掛けても返事が無い。

リアンの首筋で脈を取ると少し弱い、体温も低いように感じた。

下になっている頭にランプの光をあてると側頭部が出血している。


「見つけた! リアンはここにいるぞー!!」大きな声で叫んで、助けを呼ぶ。

周りからの返事は無い。

もう一度叫んでみるが、やはり返事が無い。


マリンダのことを思い出して、アシーネ様に祈りを捧げた。

(光の神 アシーネ様 勇者候補のタケルです)

(私にお力をお貸しいただき、マリンダをこちらに遣わして下さい。)

(そして、リアンの体を崖から落ちる前にお戻しください。)

(手をかざし、「癒しの光を」と叫びますので、よろしくお願いします。)


タケルは今までの魔法と同じように心の中で祈りを捧げて目を閉じる。

(アシーネ様お願いします)と頭の中で何度もつぶやく。

両手をリアンの頭の上にかざして叫んだ。

「癒しの光を!」


胸の痛みの後にタケルは自分の手が暖かくなるのを感じた。

そのまま、5秒ほど手をかざしていると手の先からぬくもりが消えた。

魔法の手ごたえはあった。


だが、目の前のリアンは先ほどと変わらない。

それでも、首の脈を取ると先ほどより強くなったようで、体温も暖かく感じる。


リアンの手をそっと握り、足を軽く叩きながら、声を掛ける。

「リアン、リアン、聞こえるか? 勇者ですよー。」


リアンの手がピクリと動いて、タケルの手を握り返す。

何度かまぶたが震えた後、リアンの目が開いた!


「・・・ うーン?」


自分で起きて横すわりになって、勇者を見る。

しばらく勇者の顔を見ていたが、やがて目に涙をためて絶叫した。


「ママァー!! ママァー!!」

(まじかよ、俺って助けたヒーローじゃないのか?)


「ああ、泣くなよぉ。今からママのところに一緒に行こうね。」そう言って、抱き上げようとするが、リアンは暴れてタケルを突っぱねる。

ランプと槍で片手がふさがるので、困っているときに助けが現れた。

「タケルさん。大丈夫でしたか?」ダイスケとアキラさんが窪地の底に下りている。


「助かった。そこのランプと槍を拾ってくれるかな、俺はこのお嬢様をちょっと拉致するからさ。」

絶叫するリアンを両手で抱き上げたが、二人はランプの方に近寄って来ない。


「タケルさん、そいつは!!」ダイスケが狼に向かって剣を抜いている。

「安心して剣は収めといて。その狼は多分お友達。おれか、リアンかその両方の。」


「ありがとう、リアンを見つけてくれて。」

タケルは狼をみて、軽く頭を下げた。


窪地から出て方向を確認するが、日が暮れて全く方向がわからない。

リアンの絶叫は続いているので、そのうち誰かが気がつくと思うが。


「ダイスケ、どっちに行けば戻れるかわかる?」

「全然わかりません、いつの間にかタケルさん見えなくなって、声が聞こえたからここまで来てみたんです。」

「とりあえず、あの崖の上に戻ろう。俺があそこまで来たのは間違いないから。」


4人で崖の上に戻って、ランプを囲んで一旦座った。

リアンはまだ泣いているが、抵抗をやめてタケルの胸で我慢している。

「下手に動くと二重遭難するからね。しばらくマリンダさんを待ってみようか。」

アシーネ様への祈りを思い出しながら、タケルはそう言った。


「ところで、あいつは?」ダイスケが狼を指差す。

まだ、5メートルぐらい離れたところにオスワリしている。

「リアンが倒れてるところに連れて行ってくれた忠狼(ちゅうろう)ハチ公です。恐らく俺たちと仲良くなりたいはず。と俺が勝手に思ってる。」

タケルは狼の動きを二人に説明した。


「でも、ハンパ無いデカサですよ。こんなのにやられたらイチコロです。」

「そうだよね、抵抗するだけ無駄だから、あきらめて信じてみることにした。こいつも多分俺のことが好きだってね。」タケルは狼を見て、笑いかける。


「声が聞こえる。」アキラさんが突然つぶやく。

二人がランプを持って立ち上がって、あたりを見回す。


ダイスケの向こうに小さな光が見えた。

「あっちだ、行こう。オーイ。」大きな声を出して、ランプが光る方へ3人で歩き出した。

向こうも気が付いたようで、ランプが段々大きくなってきた。

ブラックモア、マリンダ、ミレーヌの3人だ。


「リアンッ!」 「ママァー!!」

叫んだミレーヌに叫ぶリアンをタケルは渡した。

「勇者様、ありがとう。本当にありがとう。」母親全開でミレーヌは泣いている。

やっと誘拐犯気分から脱出できたタケルは、軽く頷いて、ミレーヌの腕を叩いた。

「良かったね。」


マリンダに、治療魔法のことを説明して、もう一度見てもらうようにお願いした。

驚きながらも、マリンダさんはミレーヌに抱かれたリアンの頭をしばらく触った後で、微笑みながら頷いてくれた。

(アシーネ様への願いも通じたようだ、これで一安心)


感動の親子再会を眺めているタケルにブラックモアが歩み寄る。

「タケル様、ご協力ありがとうございます。教会からも感謝申し上げます。ところで、あの『オールドシルバー』はどうされましたか?」まだ付いてきている狼を見ている。

「彼は『オールドシルバー』って言うんですか? あいつはリアンを見つけて、私をそこまで連れて行ってくれました。」

「私も見るのは初めてですが、『オールドシルバー』はドリーミア西部地域の森に現れる伝説の狼です。狼といっても、明らかに違う個体でその実態ははっきりわかりません。」

(最高じゃない『オールドシルバー』、またね。)目で挨拶して、狼と別れた。


ブラックモアに率いられて、森の出口まで戻った。

今度は父親と娘の感動の再会を見てから、みんなで荷馬車に乗って町へ向かう。


馬車の荷台に乗ってから、リアンの父親ディオは何度もタケルに感謝の言葉を口にする。

おそらく、20回ぐらいはタケルに命を捧げたはずだ。

せっかくなので、ケモノの「毛」の話を頼んでおいた。正確に伝わったか微妙だが、今度来るときまでに何種類かの毛と毛皮を持ってくることを約束してくれた。


教会へ戻ると、報告を受けたノックス司祭にもお礼の言葉をもらった。

時間は日没から2時間ぐらいで夜8時過ぎぐらいだろうか。

結構空腹になってきていることをタケルは感じていた。


食堂へ戻ってパンと干し肉を棚からふんだんに取り出した。 

各自で酒を注ぎ、盛り上がらない男子会を1時間ぐらい開催した。


皿やカップを片付けながら、ダイスケとアキラさんにも礼を言う。

「3日間お疲れ様。何とか無事に終わったのは、みんなのおかげですよ。特にこの町にたどり着けたのは、ダイスケ君とアキラさんの力が大きかった。ありがとう。」

「俺こそ、ありがとうございました。色々勉強になりました。」素直になったダイスケ君。

「また、来ましょう」はにかみながらもやる気をみせえくれるアキラさん。

バイトリーダーのタケルにとって、思った以上の成果を得られた初派遣だった。


時間は10時過ぎぐらいだろう。部屋へもどって、現世への帰還を待つことにした。

着替える前に顔を洗いに、ランプと手ぬぐいを持って井戸に行く。


宿舎の外は真っ暗だ、頭上の星の光は手を伸ばせば届きそうなくらい綺麗に輝いている。


(アシーネ様、グレン様、ワテル様 今日もお力を貸していただきありがとうございます)

空を見上げたまま、心の中で静かに感謝の祈りを捧げた。


しばらく星を見て部屋に戻ろうとしたタケルは、修練している空き地に黄色の目が二つ光っていることに気が付いた。


ランプを持って近づいていくと、ちゃんとオスワリしていた。

「今日はありがとう。本当に助かった。俺たちは5日ほど留守にするけど、その間はリアンを頼むよ。」

言葉が通じると信じて、オールドシルバーに話しかける。


「これからは名前がないと呼びにくいから、『シルバー』ってことで良いよな。」

ランプのそばで見るシルバーの体は銀色の見事な毛並みだ。

歩み寄って、頭と首筋をなでてやると嬉しそうに目を閉じた。

しばらく撫で回し、お別れに首まわりにハグして、部屋へ戻った。


タケルは部屋のベッドに制服のまま横になり、今回の派遣を思い返した。

(魔法は想像を超えて上手くできた、この世界の神様は確実に味方だ)

(生活環境は色々問題あるから、改善しないと続かないな。特に女性が)

(3人は結果的に良いメンバーだった。このまましばらく続くと良いけど)

(アキラさんの「役に立ちたい」って言うのは感動した、参考にしよう)

(銀色の友達もできたし、・・・チョットでかすぎるけど)

(しかし、魔竜討伐の道筋は全然見えてこない)

(土日と来週のシフトを西條さんに相談しなきゃ)

(西條さんには他にも聞くことが・・・)


たくさんの出来事を思い出しながら、いつの間にかタケルは眠っていた。

長い3日間が終わった。

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