第23話 現世はまだ8時間後
■ファミリーセブン 札幌駅前店倉庫
「お帰りー。」
大きな声と拍手が聞こえている。
タケルが目を開けると、水晶のある薄暗い部屋だった。
寝ている間にコンビニの倉庫内に戻って来ている。
横にはダイスケとアキラさんもいて、二人も起き上がろうとしていた。
西條がニコニコしながら近づいて来た。
「みんなお疲れ様。中島さんから聞いたけど、色々すごかったらしいじゃない。」
「山田さんは着替えが終わったら、向こうで少し話し聞かせてもらえるかな?」
タケルはロッカーで着替え、連絡先を交換してからダイスケとアキラさんを見送った。
倉庫の打ち合わせスペースに座って西條と話す。
「もう、火と水の魔法が使いこなせるんだって? 勇者とはいえ、普通のレベルじゃないと思うよ。ドリーミアでも最高に神に愛されているはずだ。」
西條はかなり興奮しているが、ナカジーがいなかった森での出来事をまだ知らない。
「治療魔法も使ったと思います。」
「・・・!? どう言うこと? 詳しく教えて!!」
タケルは森での出来事を西條に説明した。
「アシーネ様も・・・。そうだったんだ。光・炎・水の魔法を使いこなせる魔法士はドリーミアでは、教皇と枢機卿のお二人だけです。それを、二日で・・・」
「俺は言われたとおりに、ただただ神様にお願いしてるだけなんですけどね。」
「それは、みんなそうだけど。神は等しく恩恵を与えるわけではないからねぇ。とは言え・・・」
「ところで西條さん、二つ相談したいことがあります。一つ目はシフトの件です。土日はどうしましょう?」
「土日ねぇ、中島さんの代わりが必要だよね。それと山田さんの休みはどうする?週に1日は休んでもらわないといけないからね。」そういって、西條はリストを出した。
○シフト候補○
中島姫子 女39歳 主婦 子供あり 平日9時から15時 (残業不可)
小澤大輔 男21歳 大学生 全日8時から18時 (残業不可)
高田 明 男55歳 フリーター いつでも可(但し不定休)
ヤン リャオメイ 女20歳 専門学校 平日17時以降 と土日祝日の昼間
グエン タン 女20歳 専門学校 平日17時以降 と土日祝日の昼間
「俺の休みはいつでも良いです。中島さんの代わりにヤンさんかグエンさんですかね?」
「その二人は友達でセットになってるんだよね。」
「だったら、高田さんに休んでもらいましょう。小澤君は来週入れない日があるって言ってたから。次の土日は出勤してもらったほうが良いです。」
「じゃあ、それで行こうか。ヤンさんとグエンさんに連絡しておきます。それと、中島さんからこれを預かったから。」ナカジーの連絡先メモだった。
「それと小澤さんが試験なので、2週間ぐらい平日が手薄になります、もう1名ぐらい採用してもらえませんか?」
「その件は私もそうしたいんだけど、ちょうどいい人がいなくてね。応募次第だね。」
「わかりました、もうひとつは向こうに持って行けるものなんですけど、細かい制約はどうなってます?」
「最初に理解して欲しいのは、「魔法」は理屈ではないと言うこと。「科学」のように、完璧に証明できるものではないんだ。」
「転移の魔法をイメージで伝えると、『こちらにあるものを一旦消して、向こうの世界で再現している。』っていう感じ。」
「ただし、再現できるものは神様が決めるから、制約は私にもわからない。いろんなものを持ち帰ろうとしたけど、ドリーミアに絶対存在しないものが材質だとすべて消滅してしまったんだ。一方で機械でも、完全に金属だけの部品ならもって行けた。」
「それと印刷物なんかは文字だけのものは大丈夫だった。これもインクは化学薬品なんかが入っているはずだけど、ちゃんと黒い文字が写った紙を持って行けた。」
「仮説だけど、神様が向こうの世界で置き換えられる範囲なら、存在しない材質も多分持っていけるんだと思う。」
「インクも向こうのインクに変わったと言うことですか?」
「科学じゃないから証明はできない。あくまでも、過去の経験上ってところだね。」
「反対に向こうからこっちに持ち込むことは出来るんですか?」
「持っていったもので身に着けていれば、持って帰れるよ。元々向こうにあったものは、別の魔法じゃないと持ってこれない。」
「ところで、中島さんに聞いたけど、現地では魔法だけじゃなくてみんなの面倒もしっかり見てくれたらしいねぇ。さっきのシフトもそうだけど、山田さんはいろんなことを考えてくれてるんだね。」
「いやぁ、いろんなことが気になる性格なんで、思いついたことを言ってるだけです。」
「その、「気になる」ってところと「思いつく」ってことが大事なんだよ。神様に愛されている理由もそこにあるかもね。引き続きその調子で頑張って。」
「これは今日の分のお給料です。前渡し処理で税金は引いてない。税金とかの源泉徴収は締め日に精算させてもらうので注意してね。」
「ありがとうございます。」そう言って、茶色の封筒をタケルは受け取った。
(さあ、買出しだ!!)
■ドリーミア西方州都 ムーア 西方大教会 司教の部屋
「司教様、失礼いたします。」
麻の服の上に、黒いローブを羽織った男が、オズボーンの部屋に入ってくる。
大きな樫の机で書類にサインをしていたオズボーンは顔を上げ、入ってきた男を見た。
「スタートスはどうであったか。」
「新しい勇者が3日前に到着したそうです、今度の勇者は次も来るようだと。詳しくはこちらに。」
男は丸められた書簡をオズボーンに手渡す。
紐の封緘を外して、オズボーンは内容に目を通した。
「これ以外に、何か言っておったか。」
「特には、なにも。何か指示がございますか?」
「いや、田舎町の方はしばらく放っておいて良い。時にわが町の勇者はどうしておる。」
「相変わらず、女の尻を追い回しております。何か手を打ちませんと、教会の信用を傷つけかねませんが、いかがいたしましょうか?」
「好きにさせておけば良い。機嫌を損ねて帰られてしまえば、それこそ西方大教会の威信が傷つくわ。適当に女をあてがっておけ。」
「仰せのままに。」 男は部屋から退出した。
オズボーンは立ち上がり、ガラス越しに町の通りを眺める。
ムーアの町は今日も活気がある。多くの荷馬車が行きかい。露天商も多く賑わっていた。
(勇者はここに居るだけでよい。)
(他の勇者も魔竜討伐のためには、この炎の大魔法士に教えを請うであろう)
(さすれば、いずれの勇者が討伐しても、わがオズボーンの功績となろう・・・)
■ドリーミア西方州都 ムーア 教会寄宿舎 食堂
「勇者様、そのようなことをされては困ります。」
ホールのテーブルに座った男は、酒を片手に女を抱き寄せ、口付けを迫っている。
「いいじゃねえか、お前らは俺の言うことを聞くように教会様から言われてんだろ。」
そう言って、強引に首に手を回して、女へ唇を重ね、胸をもみしだく。
女は泣きがら突き放そうとするが、男の力は強く離れられない。
「シンジさん、ほどほどにしときましょうよ。まだお昼ですよ。みんなすごい目で見てますから。」 テーブルの向かいの男がシンジを諌める。
厨房やホールに居る人間は、眉間にしわを寄せ、困りきった顔でこの状況を眺めていた。
「何いってんだ、タケシ。午前中はちゃんと魔法の練習もしたじゃねえか。火も出るようになったし、このぐらいのご褒美がないと、やってられるか!こっちは時給2000円で、こんなテレビもスマホも無いようなところに来てやってんだからよ。」
「女ぐらい好きに出来ないんだったら、こんなとこ二度と来るか! 大体8倍換算だったら、時給も250円じゃねぇか。」毒づきながら女の胸を触り続けている。
「お、お許しください。勇者様。」女は必死で振り払おうとするが、シンジは女の首元へ唇を這わしながら、こんどは手を女の股間に入れる。
「あんまりひどいなら、もう一緒に来ませんよ。それでも良いんですか? アンタが無茶苦茶するから、誰もついて来なくなったのに、もう来れなくなりますよ。」タケシも嫌悪感をあらわに、シンジを睨む。
「何だよ、つまんねーな。だったらお前は何が楽しくて、こんなショボイ町に来てるんだよ!」
ようやく女を放したシンジが、テーブルに向き直って、タケシを睨む。
女は立ち上がって、ホールの奥へ走り去った。
「俺は、やっぱり違う世界に興味があるし、魔法ももっと上達したいですよ。大体、勇者がこんな鬼畜でどうするんですか?」
「お前、本気で言ってんのか? 勇者ごっこで魔竜とか言うのを倒したってメリット無いだろうが? 遊んでても練習してても時給同じだぞ?バカじゃねぇか?」
「完全に見解の相違ですね。俺は町へ出てきますから、ほどほどにしてくださいよ。」
タケシはイラつきながら、立ち上がり出て行った。
「チッ、いい子ちゃん振りやがって。オイ、酒と違う女を呼んで来い!」
シンジは、出て行くタケシの後姿を見ながら、教会士に怒鳴った。
■ 札幌市内 100円ショップ
(まずは100均、次はスーパーで何買って行こうかな~♪)
(みんなが喜ぶものが良いよな~♪)
タケルは16,000円の封筒を握り締めて、家の請求書にはもう少し我慢してもらうことにした。
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