第20話 シフト編成はバイトリーダーの義務
■スタートス 聖教会裏 空き地
タケルは頭の中で、イメージを描いてつぶやいた。
「ウォーター。」
「ワァッ!」 3人が歓声を上げる。
タケルの手の上に直径50センチぐらいの球体が浮かんでいる。
「きれい。」ナカジーがつぶやきながら傍(そば)によって来た。
「水、だよね。」と言いながら、目の前にある水球にひとさし指を刺した。
水球の表面に波紋が走り、指先は球体の中に透けて見えている。
「水だ、ちゃんと濡れてる。」と指を抜いたナカジーは目を丸くした。
水球を浮かべたまま後ろに下がって、今度は水球を高く上昇させた。
そのまま、目をつぶってワテル様に新しいイメージをお祈りする。
(ワテル様 直径を今の水球の10倍にしてください)
「キャッ!」と言う悲鳴を聞いて、タケルが目を開けると頭上の水球がイメージ通り巨大化していた。
(ありがとうございました、ワテル様)
タケルは感謝の祈りをささげ、手を下に下ろす。
頭上の水球が消滅した。
「何スカ、それ。もう無茶苦茶ですよ。ヤバ過ぎ。」ダイスケが引きつった笑みで寄ってくる。
ナカジーは黙って首を横に振っている。
アキラさんはニコニコしていた。
「これでお風呂の水は解決だね。」ニヤッと笑って3人を見た。
ダイスケに聞かれたので、泉でのプロセスを説明した。
「考え方は炎の神様と同じだと思ってる。しっかりお願いして、イメージを伝えるってこと。今回は自分自身に雑念が入ったと思ったから、『水ごり』ってカタチでワテル様に誠意を見せたつもり。結局は信じる心と神への対話じゃないかな?」話していて、宗教の勧誘をしているような気になってきた。
2人は首を捻りながら自主練に戻っていった。
タケル一人が上手く行き過ぎて、少しヤッカミがあるのかもしれない。
その場をマリンダに任せて、自分の部屋へ槍と手ぬぐいを置きに戻った。
ついでに、厨房をのぞいてミレーヌの旦那にケモノの毛を何種類か分けてもらいたいとお願いする。
色々説明したが、結局ミレーヌは、「旦那に直接言って欲しい」となって、夜には旦那を食堂に連れてきてくれることになった。
魔法練習後の昼食で、先に帰るナカジーに日本へ戻ってからのことを話した。
「連絡先を西條さんに託けてもらっていいかな?」
「あたしの連絡先は高いわよ~ん。」女性ならではの返しが飛んできた。
「まあ、西條さんに聞けば良いんだけど、一応礼儀としてね。」タケルはサラリと流して、3人に続けた。
「それと、次回持ってくるものは各自負担の無い範囲で適当にヨロシクね。」
「ところで、今後のローテーションだけど、3人は月~金はフルに入るって考えでいい?」
「俺は、来週から試験があるんで、かなり不定期になると思います。」
「私は大丈夫よ。当分は月~金で問題なし。」
アキラさんは黙って頷いている。
「それなら、帰って西條さんと相談するけど、月金はこのメンバーをベースにシフト組んで、ダイスケ君が休みの日はこの3人で行くか、ピンチヒッター入れるかにするけどOK?」
3人とも頷く。
「いずれにせよ、現世の1日でこっちは8日過ぎちゃうからね、一年は現世の1ヵ月半だし、あっという間に魔竜復活ですよ、みなさん。」
「というわけで、来月ぐらいまではできるだけシフトに参加してもらえるとありがたいです。」シフト管理の努めを頑張ってみた。
昼食後はブラックモアが防具の説明をすると言うので、4人で倉庫について行った。
この世界では、全身を金属で包むような鎧は無かった、大きな盾もない。
多くの防具が皮をベースに、主要箇所を金属でカバーするものだった。
結局4人とも、籠手(こて)と胸当て、皮帽子を選択することになった。
防具を装着した後に、木剣と木の棒を使った練習に移る。
ダンスチームのダイスケとアキラさんは、木剣を持って昨日のステップをおさらいする。
突きチームのタケルとナカジーへのお題は「立会い」だった。
「今日は、ナカジー様が攻め手で、木剣でタケル様の胴を本気で突いてください。多少のケガはマリンダが治療しますので、遠慮なくお願いします。」
「タケル様は攻撃せずに、槍代わりの棍棒でナカジー様の剣をひたすら払いのけてください。レイピアの間合いに入られてしまった後の防御訓練になります。」
ブラックモアの説明を聞いて、ナカジーはハイテンションになった。
「なんか、楽しくなってきたわ~。魔法の分取り返すから、覚悟してね。」とやる気満々。
(何を取り返すのやら)と思ったが、先に帰るナカジーには多めに修練をして欲しい。
ブラックモアの指導で、ナカジーは円を描くようにタケルの周りを回り、フェイントを入れながら飛び掛ってくる。
タケルは腰を落として飛び込んでくる瞬間に剣を払いのけるだけだ、最初のうちは踏み込みも甘く、飛んでくる予測も簡単で、らくらくと棍棒で木剣を弾き返せた。
ところが、途中でブラックモアが何度かナカジーに耳打ちをするうちに、常に小刻みに足を動かし始めてフェイントが上手くなって、踏み込みも早くなってきた。
木剣を払えずに、体の近くでかわす回数が増えてきた。
100回ぐらい突きをかわして、お互い疲れたところで、ナカジーの会心の一撃がヒットした。
剣先だけのフェイントに引っかかり、棍棒の払いが空振りになったところを、鋭く踏み込む。
タケルは体を捻って避けたが、きれいに伸びてきた木剣をかわしきれずに、剣先がみぞおちの上辺りに入った。
「グフッ」呼気が漏れた。皮の胸当ての上だがかなり痛い。
「ヤッタァー!!」胸を押さえるタケルを見て、ナカジーは小躍りして喜んでる。
(ヒドイ奴だなぁ)と思いながら、胸を押さえたまま後ずさった。
「ナカジー様お見事でした。フェイントも踏み込みも理想通りです。突きもきれいに伸び切ってスピードがありました。」ブラックモアが淡々と講評を述べている。
講評を聞くナカジーを見ると少女のように笑ってブラックモアを見つめている。
まだ胸の痛みが残るタケルには天使が近づいてきた。
「大丈夫でしたか?タケル様」マリンダが見つめている。
「このあたりでしょうか?」マリンダはタケルの胸の辺りを指差す。
「ここですね。」と胸当ての上から、突かれた場所を手で押さえた。
「失礼いたします。」マリンダは胸当ての下から右手を入れて、胸に手を当てた!
驚きで心拍数マックスになったタケルの気持ちを無視して、マリンダが目を閉じた。
胸の痛みは一瞬で消え、すぐにマリンダも離れていった。
「もう、大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、もう大丈夫です。」
(俺のハートはヤバイけど。)
一区切りついて少し休憩することにしたタケル達とブラックモアの元に、ノックス司祭とミレーヌが足早に近寄ってきた。
ミレーヌさんにいつもの笑顔が無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます