第19話 神に愛されし男 タケル 後編

■スタートスの泉


立ち上がったタケルは手のひらに水を入れたまま、つぶやいた

「ウォーター」。


何も起こらなかった。

手のひらの水は指の隙間から、ぽたぽたと少しずつ落ちている。


タケルは来る前から漠然とこうなるような気がしていた。

(火に愛されてるから、水には冷たくされるかも)と言う心配と

心配している時点で、神を信じ切れていないと反省していた。


残っていた手の水を泉に戻して、タケルは周囲を見渡した。

泉の先は木の生えていない小高い丘になっていて、建物などは見当たらない。

歩いてきた小川の方を振り返るが、人影も見当たらなかった。


ダメだったときに予定していた行動に移る。

ベスト、ブーツ、シャツ、パンツの順に脱いでいき、全裸になった。

(水の神様に、お願いするには水ごりですよね)


泉へ進み、足先から入る。

泉の水はかなり冷たい。周囲の気温も25度ぐらいだろう、過ごすには快適だが、水泳にはまったく適していない。

冷たさを我慢して、そのまま泉の中へ進んでいく。

足先には柔らかい砂の感覚が伝わる。

泉の真ん中ぐらいまで進んだが腰上くらいの深さだった。

震えがくるが、そのまま両膝をつき肩まで水の中へ浸かる。

目をつぶって両手を組む。

(水の神ワテル様 勇者候補のタケルです)

(改めてお願いします。魔竜討伐のためにお力をお貸しください)


目を開けたタケルは、そのまま顔を水につけ、全身を伸ばして水に浮かんだ。

水の中は澄み切っている、底の砂から沸々と水が湧き出しているのが見える。

そのまま仰向けに反転し、水面へ顔を出した。

浮いたまま全身で水を感じ、目を閉じて願う。

(ワテル様 「ウォーター」と言いますので、手のひらの指し示す場所に、祈りで描いた大きさの水球を出現させてください)

冷たさがしびれに変わり、体が慣れてくるまで浮いていたが、不謹慎な生理反応が起こりそうになったので、あわてて泉から上がった。


手ぬぐいで全身を拭いた後に、ブーツ以外を身にまとった。


素足のまま、泉のほとりに足を開いて立つ。

目を閉じ、頭の中で球体のイメージを描きながら、ワテル様に祈りをささげる。

右手をゆっくり上げ、「ウォーター」とつぶやいた。


タケルの眼前に50cmぐらいのきれいな球体が現れた!

完全な球体で水とは思えないが、よく見ると表面が風で小さく波打っている。


(ありがとうございます ワテル様 そのまま球体を上昇させてください。)

タケルは球体をじっと見つめたまま、祈りを続ける。

目の前の水球が1メートルほど上昇した。

手を左右に動かすと、水球も遅れてついてくる。


(ありがとうございます。ワテル様 水をお戻しください)

心で祈り、右手を下ろした。

目の前の水球が消滅した。


(水が泉に戻るわけではないんだ)

漠然と思いながら、もう一度目をつぶって心の中で、神に感謝を伝える。


神との対話を終えたタケルはご機嫌でブーツを履いて教会へ戻り始めた。

泉から離れたときに、人の気配を感じて思わず槍を握りなおす。

50メートルぐらい先の木立の影に人がいる。


(危ない人だと思われたかな)と心配しながら見ていると、木陰からマリンダが現れた。


目が会うと目礼したマリンダさんに近づいて行く。


「マリンダさん、何かありましたか?」

「タケル様が気になったので、後を追って来てしまいました。お邪魔にならないように隠れてみていたのですが、ご迷惑だったでしょうか?」

「いえ、どのあたりからここにいました?」

「私がここに来た時は、タケル様が水に浮いているところでした。その後、水を炎と同じように操られたのをみて、神の大きな愛に、私も感謝をささげておりました。」マリンダは少し涙ぐんでいる。


(ということは、俺様の全裸 フリチンも含めて感動したってことね。)


「ワテル様も私の願いを聞き届けていただけました。でも、コッソリ私の裸を見るのはずるいですよぉ。お見せするほど立派なイチモツでもないし、マリンダさんのも見せてもらわないと割に合わないな。」現世ならセクハラとなるジョークを言ってみた。

「タケル様がお望みでしたら、そのようにいたします。」マリンダさんは真顔でタケルを見る。


「ひょっとして、『勇者の言うことを何でも聞かないといけない』って教会に言われています?」

「はい、教会からはそのように指示されております。ですが、お力を拝見して指示が無くても、この身の全てを捧げるべき勇者様だと確信しております。」


「ありがとうございます、これからも力を貸してください。」

よからぬ邪念をおさえて、お上品に締めくくっておいた。


空き地に戻ると、3人が集まってきた。

「タケルは一人で何してたの、コソ練?ずるくない?」ナカジーが口を尖らす。

「うん、一人で神に愛されに行ってた。みんなはどんな感じだった。」

「前より炎が大きくなったんスけど、タケルさんほどは大きくならないです。」ダイスケが首をかしげる。

「アキラさんは?どうだった?」

「良くなった。」アキラさんがボソッと答える、良くなった内容はまったく不明だ。


「で、タケルは何してたって聞いてんのよ!!」ナカジーがイラつく。

「水の神 ワテル様と仲良くなってきた。」

「もう、水の魔法が使えるの!?」

「大丈夫、俺 神様たちとラブラブだから。 ねッ、マリンダさん。」

タケルから振られたマリンダがニッコリとうなずいた。

(ラブラブはちゃんと翻訳できてるのか?)


「興味あるだろうから、やってみようか。」と言って、みんなから少し離れた。


足を開き、目を閉じて神に祈る。

(ワテル様 何度も申し訳ありませんが、先ほどと同じようにお願いします)

頭の中で、イメージを描いてつぶやいた。

「ウォーター。」


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