第18話 神に愛されし男 タケル 前編

■スタートス 聖教会 宿舎


異世界二日目の朝は自分で起きる事ができた。

昨晩も熟睡できたようだ、けだるさが心地よい。

ベッドから起き上がると背中や腕が筋肉痛でこわばっている。

顔を洗いに宿舎を出て井戸へ向かった、夜明け直後で外はまだ薄暗い。

(やっぱり、歯ブラシ欲しい。)口をゆすぎながら考える。


そのまま、空き地で柔軟体操をしてから、太陽に向かってお祈りをすることにした。

(グレン様、昨日はありがとうございました。)

(これからの魔法でお願いがございます。)

(私の手のひらが指し示す方向に炎の力をお与えください。)

(引き続きグレン様のご加護をお願いいたします。)


神との対話を追え、部屋に戻ったタケルは朝食までの時間で弓を使ったトレーニングを行うことにした。(8倍ルールだし、50回でいいだろう。)

左右の手を変えながら10回づつ、5セット弓を引き絞る。

最後の方は手が震えてしまい、引いた状態を保てないが何とかやりきった。


4人で朝食を終え、聖教会にいたマリンダさんと一緒に今日も空き地に向かう。

「昨日の炎の魔法をもう少し強く、そして長くできるようにいたしましょう。」

「神への祈りを深く、静かに行うことで実現できるはずです」

今日も美しいマリンダが皆へ各自の練習を促す。


集中力が必要なので、それぞれ距離を置いて練習を始めた。

みんな目を閉じて、祈りをささげている。

アキラさんをコッソリ見ていると、声は小さいが祈った後に「ファイア」とちゃんと言っている。出てきた炎は昨日より大きく感じるし、見ている間は消えなかった。


タケルも自分の修練を行うことにした。

目標は大きさと炎を出す位置をコントロールすることにした。


3人から一番遠い場所まで移動して、両足を半歩開いてから右手を上げた。

手のひらを上にし、炎の大きさをイメージした祈りを捧げる。

「ファイア」 つぶやくタケルの右手の上に、イメージ通りの炎が立ち上がる。

更に頭の中で炎を上に上昇させるイメージを描くと、目の前の炎も真っ直ぐ1メートルぐらい上に移動した。

手のひらを左右に動かすと、炎がちゃんと左右についてくる。

つづけて、炎が前へ移動するイメージを描いたが、炎は少し前に移動して、すぐに消えてしまった。

(グレン様ありがとうございました。)

(でも、まだ戦いには使えない。グレン様にもっとイメージを伝えないと。)


タケルはブツブツ言いながら、神への対話を続けた。

(是非、離れた場所に思い通りの炎をお願いいたします)

他人が見ると、チョットやばい人のようだが、本人は真剣極まりない。


もう一度場所を変えて、昨日槍の練習をした的の前へ移動した。

槍で構える位置よりさらに10mぐらい後方に右足を半歩引いて立った。

頭の中で前方の的が燃えるイメージを描き、右手のひらを前方に向け押し出す。

「ファイア!」大きめの声で叫んだ。


右手の先の麻袋に炎が現れた! 成功だ!

タケルは画像のように目の前の状況を頭に焼き付け、右手を下ろした。


右手をおろした先にあった炎は小さくなったが、麻袋の表面がまだ燃えている。

あわてて、井戸へ走り手桶に水を汲んできて、麻袋を消火した。

(そりゃあ、引火したら消えないよね)と一人で反省するタケルにマリンダが歩み寄った。


「マリンダさん、申し訳ありません。調子に乗りました。」

「大丈夫です、タケル様。それよりも凄いお力ですね。修練をはじめて二日で離れた場所に炎を実現されるなんて・・。炎の魔法は、私がお教えできることは無いようです。」少し残念そうに見えるのはタケルの勘違いだろうか。


タケルは3人を集めて、どんなイメージでやっているかを伝えた。

「できるだけ、神様とお話するようにしてる。それと、具体的に炎の場所と体の位置関係をイメージすると炎が動くようになった。俺の場合は手のひらの延長線上でイメージして、手のひらをその方向に動かすことで、神様がOKしてくれたって感じ。」

神様からの返事はないが、タケルなりに結果でOKと解釈した。


3人は散らばって、また自主練を再開し始めた。

「マリンダさん、昨日教えてくれた泉はどっちになりますか?」

「少し歩くと小川に出ますので、そこを上流に向かうとたどり着きます。行かれるのでしたら、ご一緒いたしましょうか?」方角を指差しながら、タケルを見つめる。

「いえ、一人で行きたいので、今回はご遠慮します。」

(美女とデートも魅力的だけど、チョット目的があるからなぁ)


タケルは部屋へ戻り、手ぬぐいと槍を取ってきた。

3人に一人で泉まで行くことを伝え、マリンダが教えてくれた方向へ歩き出す。

教会と逆方向に100メートルほど進むと小川が流れていた。


暖かい日差しと、のどかな風景の中を歩きながら、神様について考える。

(グレン様とはすばらしい関係が構築できた)

(マリンダは魔法には相性があるって言ってたよな)

(俺がワテル様にお願いしたら、グレン様が焼きもち焼くかな?)


取りとめも無く考えているうちに、小川につながっている泉が見えてきた。

直径20メートルぐらいだろうか、池というほど大きくは無い。

上流に川は見えないので、湧き水が出ているのだろう。


泉のほとりで、タケルは槍と手ぬぐいを地面に置き、肩膝をついて祈りをささげた。

(グレン様、これからワテル様へお祈りします。)

(決してグレン様への感謝を忘れたわけではございません。)

(水の神ワテル様、異世界からきた勇者候補のタケルです。)

(魔竜を討伐するために、ワテル様のお力をお貸しください)


肩膝のまま泉の水を両手で救い、改めてワテル様に祈りをささげる。

(ワテル様 「ウォーター」と言いますので、手のひらの水を球状にして、頭の高さままで浮かしてください。)


立ち上がったタケルは手のひらに水を入れたまま、つぶやいた

「ウォーター」。



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