第16話 お風呂への挑戦
■ スタートス聖教会 宿舎
タケルは体を拭きながら、風呂の相談をどう伝えるかを決めかねていた。
色々考えたが、図面か絵で伝えるのが良いと思い、紙と筆記用具を借りるために、聖教会へ行くことにした。
(せっかくだから、マリンダさん達と一緒に食事できないかな?)
ミレーヌにノックス司祭たちも食事に誘って良いか聞いたら、
「食材は山ほどあるから、お誘いしておくれ!」と色よい返事をもらえた。
教会の祈りの間から、奥の部屋の扉を開けると、話し声が聞こえた。
タケルは思わず足を止めて、聞き入った。
「・・・小さな町で、本当に良いのでしょうか?」
「・・・は、・・・思し召しだ。」
「では、勇者様・・・件は、・・・大教会に・・・無くてよいですか?」
「まだ、お越しになったばかりだ、今しばらくは良かろう。」
ノックス司祭とマリンダの会話が断片的に聞き取れた。
会話が途切れたので大きめの足音を立てながら、ノックス司祭たちの部屋へ入った。
「どうされましたか、勇者様」マリンダが振り返った。
「書きたいものがあるので、紙とペンを貸していただけますか?ちなみに、紙って貴重品でしょうか?」
「下書き用の紙でよければ、すぐにご用意できます。書簡として使う報告用の正紙は使途が限定されておりますが、下書き用であればたくさんございます。」
壁の棚から、A4ぐらいの紙を何枚か取り出してタケルに渡した。
かなりザラっとして厚みがあるが、向こうの世界の紙と大差ない。
インク壷と先割れの金属がついたペンも貸してもらった。
「マリンダさん、ありがとうございます。ノックス司祭、良かったら、皆さんも一緒にお食事を取りませんか?」
「勇者様、お気遣いまことに恐れ入ります。私はもう少し仕事が残っておりますので、後ほど伺います。マリンダは先に勇者様とご一緒しなさい。」
「承知いたしました。」マリンダはノックスへ目礼してから、タケルに笑顔を向けた。
食堂へ戻りながら、ブラックモアの所在を聞いたが、マリンダは知らないそうだ。
食堂には他の3人も既にそろっていた。
タケルの後にいるマリンダさんに3人の目線が集中する。
「せっかくだから、教会の人も誘ってきた。ノックス司祭もあとから来るって。」
テーブルは6人ぐらい座れそうだったので、並んでいたアキラさんとダイスケの間にマリンダさんに座ってもらった。
「合コンのノリね。」ナカジーがタケルを見てにやつく。
「俺っていい人でしょ。」タケルはダイスケを見てにやついた。
ダイスケは無表情だった。
「ナカジーにはノックス司祭をセッティングするからさ。」ささやいて、タケルは更ににやついた。
にっこり笑ったナカジーは無言でタケルの二の腕をグーで殴った。結構痛かった。
マチルダはキョトンとしている。
食事の前にタケルがマリンダに「乾杯」のしきたりを説明した。
「では、二日目が無事に終わったことと、異世界での素敵な出会いを祝して『カンパーイ!』」タケルは気分よくカップをぶつけた。
マリンダも付き合ってくれた。
「食べながらでいいから、お願いがあります。この中で絵心のある人は手をあげてください! ちなみに俺は、中学の美術が5段階で1でした。」紙をひらひらさせて、皆の顔を見る。
「何すんの?」ナカジーが眉をひそめている。
「『お・フ・ロ。』スティンにどう伝えるか、いろいろ考えたけどやっぱ絵でしょ。」
「私はムリ」淡白なナカジー。
「・・・」アキラさんは下を向いている。
「ダイスケ君、行けるんじゃない? 勘だけど。」
タケルはマリンダ効果を期待してムチャ振りしてみた。
「何とかなると思います。」
「ありがとう! じゃあ、二つ書いてよ。一つは2・3人入れそうな湯船に入ってる絵。もうひとつは、大きな樽みたいのに一人で入ってる絵。ドラム缶でもいいよ。その他ご意見あれば、適宜ヨロシク。」ペンと紙をダイスケに渡した。
「構造的なものはいらないですか? 釜がどうなってとか?」
「スゴイ!できるの? イメージあるなら是非、俺には全然ムリ。」
ダイスケは空いているテーブルに移動して、さっそく書き始めた。
「マリンダさん、水を魔法で呼び出すとして、どのぐらいの量が可能なのかな?」
「水の魔法も適性と修練次第ですが、私なら一度で桶に半分ぐらいです。ノックス司祭は水魔法の達人ですので、この部屋を水で満たすことも、雨を降らせることもおできになります。」
「たくさんの水が必要なのですか?」マリンダが不思議そうに問いかけるので、
『我々4人は別々に毎日お湯の中に体を浸したい』と言うことを伝えてみた。
「では、タケル様は明日、水の魔法の修練をなさいますか?」
「炎の魔法のおさらいをしてから、水の魔法にも挑戦してみたいと思います。魔法の考え方や手順は同じですか?」
「同じです。水の神『ワテル様』に祈り、ご実現を願います。」
「この近くに池とか泉とかはありますか?」タケルには試してみたいことがあった。
「泉でしたら、練習をしていた空き地の近くにある小川の上流にあります。歩いて15分ぐらいでしょうか?」
(よし、明日一人で行こう、自分でできれば、水の調達は問題ないしね)
今日の夕食は鳥を豪快に焼いたものだった。
鶏より大きな鳥が、大皿に乗ってテーブルの真ん中に鎮座している。
肉はある程度切ってあるが、とりわけ用の大きなナイフも添えてある。
味付けは少し甘辛いソースがかけられており、かなり美味しい。
「美味しいねぇ、何の鳥だろう?」誰とは無しにタケルがつぶやいた。
「ミレーネに聞いたんだけど、フィー・・何とか。ミレーネの旦那が森で取ってきたものらしいよ。」ナカジーは食べるスピードが落ちない。
「旦那は狩人なの?」
「『旦那は森の人』って言ってた。狩りもするし、炭も焼くし、木も切るってさ。」
「狩りかぁ、やって見たいな。」
「私はパス。ムゴイのは見たくない。けど、美味しくいただくから、タケルは頑張れ!」ナカジーはレタスで肉を巻いて、がっついている。
「一通り、書いてみました、」そう言って、ダイスケが戻ってきた。
「ありがとう」タケルは紙を受け取り見せてもらった。
絵はタケルの期待を超えていた。
1枚目には、銭湯のような浴槽に湯が張られて、2人が足を伸ばしている絵だ。
浴槽の周囲は木で壁が作られていて、洗い場の空間に手桶と椅子もある。
さらに、浴槽にお湯が流れる部分が吹き出しのように、拡大して付け加えられている。
二つの大きな釜のようなものから水が浴槽に入る構造になっている。
釜のひとつは下から、火でたくような絵になっている。
「すごい!これでいいじゃない!!これ作ってもらおう!!」
「ダイスケ、凄い。絵心って言うか、なんか本職みたい!!」ナカジーも興奮している。
アキラさんも笑みが大きくなった。
「定規とかないから、アバウトですけど。あまり難しい加工が無くてもできる範囲で考えてみました。」
「いやいや、全然アバウトじゃないって、マリンダさんも凄いと思うでしょ!」
「はい。仕組みは少し不思議な感じがしますが、絵がお上手なのは間違いないです。」マリンダはダイスケを見つめて微笑んだ。
もう一枚は、大きな桶のようなものに一人で入っている絵だった。
桶の横にストーブと煙突みたいなものが出ていて、その部分が吹き出しで説明してある。
「いやぁ、こっちもちゃんとお風呂になってるよ~。凄いねダイスケ君。」
「一応、工学部なんで図面は少しやったことがあるから。」はにかみながらも自慢げだ。
「良し! ではダイスケをお風呂奉行に任命する!!」ナカジーが酒を持ち上げて高らかに宣言し、一気に飲み干した。
勇者たちの風呂への挑戦が始まった。
■ スタートス近くの雑木林
月夜の明かりの中、男が馬を連れて林の中へ入ってきた。
引き綱を低い木につなぎ、馬の首筋をやさしくさすってやる。
馬の息が荒い、それなりの距離を走ってきたようだが、やがて足元の草を食み始めた。
黒い影が馬を連れた男に音も無く近寄る。
「昨日、新しい勇者様達が到着した。」
「今度はどんなやつらだ。」
「4人だ。リーダーは、・・・問いが多い。」
「『問い』が?こんどは、続きそうか?」
「わからん、詳しくはここに記した。いつものようにあの方へ。」
影の男は丸めた書簡を馬の男に差し出した。
「他に聞いておくことは?」受け取りながら男が問う。
「特に無い。」
影の男は来た時と同じように消えた。
馬の男は、しばらく馬に草を食ませてから、馬を引き連れて消えた。
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