第9話 最初の町 スタートス 後編

■スタートス聖教会 食堂  

~第一次派遣 1日目~


テーブルの横に立っている男は背が高く、がっしりした体型だ。

ダイスケより大きそうなので、190cmぐらいあるかもしれない。


「あのよぉ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

野太い声が響く。


「何でしょうか?」


タケルは立ち上がって、男の前に立った。


タケルは身長170cmなので、男の肩ぐらいまでしか届かない。


「勇者様達は、何でこの町に来なくなっちまうんだ? この町がダメなのかい?」


「他の町の勇者様は最初に来た勇者がずっと来ているって聞いてるけど、この町に来た勇者はもう何人も来て、2回目は来ない勇者も何人かいた」


「どうしてか教えてくれねぇか? 嫌なことがあるなら、俺たちが何とかするからよ」


男は一気に話して、後ろの席の連れを見た。

他のテーブルの男たちも頷いている。


話を聞いてタケルは胸が熱くなった。

彼らは勇者が定着しないことに不安と寂しさを感じ、何とかしたいのだろう。

勇者に期待していて、この町を好きになって欲しいのだ。


「お話はわかりました。そして、お気持ちもよく理解しました。ところで、私はタケルと言います。お名前を教えてもらっていいですか?」


「俺はスティンって言います」


「スティンさん、前に来た勇者もこの町が嫌いってことは無いと思いますよ。ただ、この世界は私たちの世界とは違うことも多いので、暮らしに馴染めなかった勇者もいるかもしれません」


「だから、スティンさん。私たちはこの町に馴染めるように、困ったことがあったらスティンさんに相談するようにします。出来るだけ長くこの町に来て、魔竜を倒せるように努めますので、これからも皆さんの力を貸してください」


スティンの腕を軽く叩きながら、語りかけた。


驚いたことに、スティンは肩膝をついて屈んだ。

他のテーブルの皆も続く。


「勇者様、何でもお申し付けください。勇者様達はわれらの誇りです」


「こちらのほうこそ、今までの勇者が期待にこたえられずに申し訳無い。よろしくお願いします」


皆に立つように促した。


振り返ってメンバーを見ると、みんなの顔が少し引き締まったように思える。

それぞれ感じるものがあったのだろう。


スティン達は家路につき、タケル達は厨房のミレーヌに食事のお礼を言って、それぞれの部屋へ入った。


風呂が無いので、タケルはミレーヌに手ぬぐいのような布を借りて、裏口を出たところにある井戸のそばで体を拭いた。


トイレは井戸の横に小屋のようなついたてがある場所だった。

もちろん水洗ではない。


このあたりが勇者が定着しない理由かもしれない。

タケルはぼんやり考えながら部屋へ戻り、ベッドに入って今日のことを振り返ろうとした。


(今日はがんばったと思う)

(メンバーとも仲良くなれたと思う)

(明日は・・・)


ほとんど思考がまとまらないうちに、タケルは眠りについた。


コバヤシダイスケ 21歳 大学生はベッドに入って、今日のことを考えた。


(思ったより、魔物はきつかったけど、木刀は正解だった)

(ヤマダも意外と話がわかるヤツかもしれない)

(高田さんも意外だったな、フッ、ぶん殴り・・・)


ちょっと笑みを浮かべたまま、ダイスケは眠りについた


ナカジマヒメコ 39歳 シングルマザーはベッドに入って今日のことを考えた。


(よく歩いたわ~、人生で一番歩いたかも。って前も来たのに?)

(タケルは意外と良いヤツだったな、年下だけどチャンスあれば・・・)


布団を抱きしめ、よだれをたらしながら眠りについた。


タカダ アキラ 55歳 フリーターは、ベッドに入ってそのまま寝た。

何も考えることはなく、酒の余韻で幸せそうな笑顔のまま眠りについた。


タケル達の長い1日目がようやく終った。

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